うずまき舎

いつも本と一緒 http://uzumaki.cc/

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最近の記事

戦争に反対する唯一の方法は

私ひとり何をしていても、世界は何も変わらないような気がしていました。でもよく考えると、最初に何かが変わらなければ、大きな変化も小さな変化も起こらないはずです。どこかの国で蝶が羽ばたくと、いずれそこから遠く離れた島でハリケーンが生まれる。という話を聞いたことがあります。変化のはじまりなんて、どんなに大きなことでも、はじめはそんなものなのかもしれません。  『世界がもし100人の村だったら』という本があります。タイトルの通り、世界中の人口を(刊行当時63億人)100として、その

    • 市長への手紙

      いいかげん、賢者に教えを乞うたり、誰か他の人が動くのを期待したりするばかりではなく、自分たちで考えて、身近な人々と議論することからはじめないといけないということは、近頃、特に切実に考えていることです。  あまり遠くのことや、大きなことは、手に負えない感じがしますが、まずは、自分のいる集落、自治体から、オセロの端っこのようにひっくりかえしていくことが大事で、他の地域にも、そういう「端っこ」があちこちにあることが希望です。いつか真ん中塗り替えるぜ。という野望も忘れてはいけません

      • あたらしい地図

         見開きのところに地図がついている本がだいすきです。エルマーのぼうけんにゲド戦記、ファンタジーが多いでしょうか。うずまき舎は本を売っていますが、冒険に来るところでもあります。ナビは切って、地図とうずまきの看板を頼りに、はたして無事にたどりつけるか。途中、直販所や神社に寄ったり、河原におりてみたり、たのしく寄り道しつつ、いろいろな記憶を拾ってきてください。

        • みえない道

           来た道はどんどん崩れて、後ろには戻れなくなっているのに、目の前は藪なのか霧なのか、なにしろ道らしきものは見えないので、やみくもに進んで、何かにぶつかったり、得体の知れない穴に落ちたりしている。そんな状況で、君たちはどう生きるか?などと問われたところで、うるせえこちとらとりあえず生き延びるだけで必死だ。  あなたの信じたものが、あなたの世界を構成する、というのなら、悲観的になったらおしまいのような気もするが、ひたすらポジティブなのも気味が悪いし、物語として平坦すぎる。光だけ

        戦争に反対する唯一の方法は

          嵐の中

           『君たちはどう生きるか』という本は、1937年の7月に刊行されています。ちょうど日中戦争がはじまった月にあたりますが、実際に執筆されていた時期は戦争の前、あるいは戦争と戦争の間、ということになります。  畑で育てている野菜の種を取り、それを毎年引き継ぎながら更新していくと、遠くの土地で生まれた作物が、年々、その畑に合うように変化していくということがあります。(最近では、そんな気の長いことはせずに、品種改良された種を買い求めるのが一般的かもしれません)人間もまた、その土地の

          社会の最小単位

           それぞれ得意なことや手近にできる仕事があって、それらの仕事を交換するための、道具として「お金」が生まれたはずが、今はお金自体が目的になっちゃっている気がします。生きるための活動はお金を稼ぐことの下にあって、そこから得られる喜びや楽しみは、今や「贅沢」なんて呼ばれたりして。  生活の方をあとまわしにして、心身を病みながら働いたりするのはおかしい。労働交換のレートがおかしい。不条理を作ってまた埋める仕事ばかり増えているのが、本当にどうかしている。こういう、仕事まわりの疑問を、

          社会の最小単位

          うずまき農事記録 2023.6.21

           自家菜園をやっている。半農半本屋、というには、その割合が全然足らないものの、畑になにかしら食べられるものがあるというのは、空腹が何よりもおそろしい食いしん坊にとって、とても心強い。畑ばんざい。  販売するための作物を作っている訳ではないので、好きなものを植えて、基本農薬も使わず、最小限の肥料資材でやりくりします。作業もテキパキとは程遠く、耕作機械も使わないので、労力でみるとかえって高くついている、というのは間違いありませんが、旅行に行ったり、お金を使ったレジャーなんぞする

          うずまき農事記録 2023.6.21

          モモのように聞きたい 

           店を始める前は、予約制にすることも検討していたのですが、ただでさえ不便な場所で、さらに予約が必要なんて誰もこないな。というので、その案はひとまず却下しました。  その後、営業時間は折に触れ変化しつつも、2023年6月現在のうずまき舎は、定休日を除く(毎週木曜日と金曜日、オーガニックマーケットに出ている第一土曜日が定休日)土・日・月・火・水曜日の、昼の13時から夕方18時までで、この時間帯は予約などせずとも、いつでもご来店いただけるようにしていて、たとえ誰もこなくても、店を

          モモのように聞きたい 

          本と本の間にあるもの

           本を読むことで、他者の思考や感情の中に浸ったり、見たことのない風景をイメージしたりしながら、自分の座標をいろいろな場所や時代に持つことができます。読書中は物語に没頭していても、本を閉じた後は、物語は物語として、自分の外に置いておくこともできますが、一度その世界を知ってしまうと、それまでの自分とは考え方が変わってしまい、後戻りができなくなる、なんてこともあります。  人々が常識として認識しているものごとが、10年後、100年後の世界ではまったく間違いだったとして、ひっくり返

          本と本の間にあるもの

          退却革命

           前回の投稿で「やりたくないことをしない」ということについて、ちょっと書いたのですが、そのことに関しては「そんなこと言ってもな」なんて言いながら、やりたくないことを、ずっとやめられないでいる真面目な人たちもいるはずです。  はたして自分がやりたくないことをやめることで、どんなことが起こり、誰が困るのか?それはどうしてか?そんな因果を常に考えながら、行動している人って、一体全体どのくらいいるのでしょうか。仕事としては、とにかく命令通りにしろ!などと言われがちで、命令通りにした

          やりたくないことリスト

           自分の仕事を自分で作ろうとなった時に、まず考えたのは、 「やりたいこと」よりもむしろ、「やりたくないこと」についてでした。  私の思う「やりたくないこと」というのはたとえば、  1.自分を含め、誰からも喜ばれず、感謝もされないようなこと  2.苦手な作業、身体的、または精神的苦痛を感じること  3.自分や誰かを傷つけること  4.誰かを騙して利益を得ること  5.一方的に奪い取るようなこと  6.自分や誰かを大きく見せたり、面子や見栄のためになにかすること  7.意味の

          やりたくないことリスト

          うずまき生活研究所

           かつて、会社勤めを辞めて田舎に住もうと考えた時に、頭にあったのは、 「自分の仕事と暮らしを自分で作ること」 で、ありました。  しかしそれさえできれば、好きなところに住めるではありませんか。 スゴイ!ヤッター!!断然山だぜ、動物も飼いたいな。  などと目論んでおりましたが、現状は半分沈没しながらの個人商店ギリギリ曳航。道無き道を進む不安は、山住み10年をへてなお五里霧中。いまだ猫いっぴき養えないていたらく。  しかし、仕事というものを、誰かの指示に従うことではなく、自

          うずまき生活研究所

          魔法の学校

           うずまき舎は本屋のようでいて、本屋ではない。というややこしいことを常日頃つぶやいていますが、では何のつもりか?というと「じぶんのおはなしを探しにくるところ」である。と、お答えすることもあります。来た人のその時の状況、心情によりまして、これも一概ではありませんが、こんな山奥まで来て、本を買うことだけが目的だとしたら、今日び、ネットでポチった方がいいにきまっています。  『魔法の学校』はドイツの児童文学者、ミヒャエル・エンデが最後に残した短編集の中の一編です。子どものころの憧

          うずまきの木

           4月末から5月の頭にかけては世間的には連休ということで、さらに、ここ数年コロナで遠出が難しかったということもあり、久々に友人や身内が、入れ替わりで複数組遊びに来てくれた。  元々出不精な上に、ゴールデンウイークの前後ともなると、夏野菜の苗をたてたり、植え付け準備をしたりするのに忙しく、自分は山から動かずとも、友達の方からやって来てくれるのはありがたい。  店をやっているので、人に会わない日はほとんどないとはいえ、街で生活していた時のように、ふらりと気軽に友達に会いに出か

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