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同じ穴のむじな

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大学に入学し、アパートに下宿したが、「おんな」に翻弄される毎日。
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同じ穴のむじな(終章)むじなの交尾

同じ穴のむじな(終章)むじなの交尾

夜の七時でもまだ外は薄暮で明るかった。
湯屋の表(おもて)で恋人と待ち合わせるおれが、まさに歌の文句の通りだったのには、苦笑を隠せないでいた。
おれのほうが待たされて、その上、季節が夏だということだけが違ったけれど…

「ごめんなさぁい。遅くなっちゃった」
「夏やし、かまへんけど、また汗かいたよ」

二人は、上気した顔で銭湯を後にした。
「ビール、買ってく?」
おれは、大人の真似をして尚子に訊いた

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同じ穴のむじな(15)なりゆき

同じ穴のむじな(15)なりゆき

みんぱく(国立民族学博物館)の帰り、山田駅へ向かう道すがら、おれたちは言葉少なだった。
「暑いなぁ」
口を開けば、そんな言葉しか出ない。
大阪モノレールが頭の上を通過する。
「ヒロ君、あんたの部屋に行ってもいいよ」
「それは…どういうことや?」
「言わすの?あたしに」
上目遣いに、尚子が訊く。
二人っきりになってもいいと、彼女がサインを出しているのだ。
「わ、わかった。汚いとこやけど来て」
「それ

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同じ穴のむじな(14)みんぱく

同じ穴のむじな(14)みんぱく

国立民族学博物館(愛称「みんぱく」)の中は、外とは打って変わって涼しかった。
入ったところには、大きな自動演奏オルガンがひときわ目を引く。
「なぁに、これ?」
「車輪がついているから、馬かなんかで引いてくるんだろ」
「自動オルガンかぁ」
演奏時間が決まっていて、その時間になると動かしてくれるらしいことが横の案内板に記されていた。
おれは惹きつけられたように、目の前の階段を上がると、正面にはガラス張

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同じ穴のむじな(13)なおぼん

同じ穴のむじな(13)なおぼん

おれは横山尚子と京阪京橋駅のコンコースで待ち合わせた。
ここは国鉄環状線の京橋駅に接続する場所で人通りが盛んである。
京阪電車が高架で、エスカレーターで地上に降りる。
降りたところが京阪の改札と切符売り場で、この京阪の駅ビルを出ると、向かいが国鉄の京橋駅だった。
尚子の姿は…柱の陰などを見回すが見当たらない。
まだ来ていないのだろう。
約束の時間は十時半だった。今が、ちょうど十時半だった。

おれ

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同じ穴のむじな(12)愚行

同じ穴のむじな(12)愚行

横山尚子と「化学実験」の実験パートナーを組んで三か月以上が過ぎた。
「最初の『アルミの陽極酸化』の実験な、あたしC判定やってん」
「おれ、Bもろたで」
「たしか、一緒に書いたやんなぁ。ほんで、いろいろ書き足して出し直して試問を受けたらAもろた」
「うそ、Aもろたん?おれ、まだいっこもAないで」
昼食の時に、学食でカレーライスを食いながらおれたちはそんな会話をしていた。
「あれって、ブリッジ回路を使

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同じ穴のむじな(11)来訪の女②

同じ穴のむじな(11)来訪の女②

「今日はこれつけてくれる?」
明恵の手には避妊具の包みがあった。
やはり、危ない日なのかもしれなかった。
横山尚子が以前に、排卵日のころが危険日だと教えてくれたっけ。
「危ない日なん?」
「うん、たぶん。おとといあたりから体温が高いねん」
「体温でわかるんか?」
「そうよぉ。知らんの?男の子は知らんよねぇ。はい、こっちきて着けたげよ」
おれは、勃起を揺らしながら明恵のほうににじり寄る。
ピッと袋を

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同じ穴のむじな(10)来訪の女①

同じ穴のむじな(10)来訪の女①

つぎの日曜の朝、時計を見ると十時前だった。
「よく、寝たなぁ。あぁ」
おれは万年床で伸びながら、大きくあくびをした。
備え付けの笠の歪んだサークラインが目に入る。
雨漏りだろうか、天井板にアフリカ大陸のような染みが広がっていた。
金属をこするような音を立てて京阪電車が窓の外を通り過ぎて行った。
カーテンが中途半端に開いていた。まだ梅雨が明けていないのでどんよりと曇っている。
もう三日ぐらいカーテン

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同じ穴のむじな(9)柏木(かしわぎ)

同じ穴のむじな(9)柏木(かしわぎ)

「駒乃湯」はこのあたりの銭湯である。
おれは、ここしか銭湯を知らない。
京阪電車の車窓からもこのすすけた煙突を見ることができる。

石鹸会社のロゴの入った、大きく「ゆ」と抜かれた藍の暖簾が重く垂れている。
番台には、度のきつい眼鏡の老婆が座り、いつも目の前に置いた小さな画面のテレビを観ている。
テレビはもう一台、脱衣場の、見上げたところにも大きいのが据えられ、皆が見られるようになっていた。
今は、

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同じ穴のむじな(8)明恵(あきえ)

同じ穴のむじな(8)明恵(あきえ)

実家から小包が届いた。
下着や夏物のパジャマ、「鶴の里」という棒状の和菓子が一棹(さお)入っていた。
双鶴庵という和菓子屋の銘菓である。

手紙には、皆元気にしているとあり、「お前はどうだ?不自由はないか?」とたどたどしい母親の字が連なっていた。
おれが、電話一つよこさないことを、なじってもいた。

ここ「玉藻荘」には電話がない。
よって、小銭を用意して最寄りの電話ボックスに行って、電話をかけるこ

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同じ穴のむじな(7)尚子

同じ穴のむじな(7)尚子

実験パートナーの横山尚子と話す機会も増え、実験の日のお昼には必ず彼女と学食に通った。
「その子やったら知ってるわ」
尚子に、つい小西由紀のことをぐちってしまったおれだった。
「なんで?」
「この大学には女子学生だけの校友会が作った集まりがあるのよ。そこで建築科の小西さんやったっけ、来てたから、いっしょに飲む機会もあってん」
「へぇ」
「湯本君はその子とつき合ってたんや…見かけによらんねぇ」「つき合

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同じ穴のむじな(6)マスカレード

同じ穴のむじな(6)マスカレード

小西由紀とのその後の進展はなかった。
わかったのは、彼女が「気分屋」だということだった。
天文部の例会で顔を合わせて「あのこと」に触れてもそっけなかった。
「あたしね、ちょっとおかしくなってたんよ」
「おかしく?」
「もういいでしょ」
こんな具合で、取り付く島もなかった。

今年の天文部の合宿は花背(はなせ)の大悲山(だいひざん)付近のポイントでキャンプすることになった。
本田さんが前に行ったこと

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同じ穴のむじな(5)おれたちの失敗

同じ穴のむじな(5)おれたちの失敗

言葉にならないような声を発した小西由紀だった。
なぜかというと「玉藻荘」に足を踏み入れた感想が、彼女の脳の理解を超えていたからではなかろうか?
汚いかといえば、さほど不潔というわけではない。
ちゃんと大家の北川さんが、毎朝、掃除に来てくれるからだ。
実は、大家の北川しのと、この玄関側の一室に部屋を借りている山村富士夫という爺さんとは愛人関係にあるらしい。
スナックのホステスをしている斜(はす)向か

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同じ穴のむじな(4)夕陽

同じ穴のむじな(4)夕陽

赤川鉄橋を貨物列車が、牛のよだれのように長々と、カタンコトンと時を刻むように進んでいく。
西日(にしび)を背にしたその光景は、この淀川端の堤防からのおなじみの景色だった。
このゴミ箱のような街にあって、唯一といってもいいほどの自慢できる景色だった。

おれは、授業が引けて、部活動もない日には、こうして堤防を歩くようにしていた。
赤川鉄橋の反対側には豊里大橋という「斜張橋」が、これまた美しい点景を添

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同じ穴のむじな(3)同級生

同じ穴のむじな(3)同級生

女のすすり泣くような声が聞こえる。
おれは、夜半に目が覚めた。
柏木という隣の男の部屋からその声は聞こえた。
柏木氏らしい男のこもった声も聞こえる。
「どや、ここは?」
「いや、いや、そんなとこ…」
あの女の声に違いない。
おれは確信した。
二人は、なにやら秘め事をおこなっているらしかった。
おれはゆっくり、壁に近づき耳を当てた。
「もう、びしょびしょやでぇ」「そんなん、言わんといて」
間違いなく

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