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テキストに対する愛着が、僕をnoteに向かわせる

Saori_shirokumaさんのこの記事を読んだ。

僕も何度かこの〈#はじめてのインターネット〉で書こうと思ったが、ありきたりのものになりそうで書かずにいた。
しかしSaoriさんの記事に妙に納得し、書きたくなった。

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インターネットが世を覆いつくす前、パソコン通信なるものがあった。
僕がはまっていたのは思春期の頃だ。

電話回線を介してログインし、掲示板を読み書きするのがメイン。
インターネットと違い、契約した事業者のサービスしか利用できず、外の掲示板を見ることも、外の人にメールを送ることもできなかった。
閉じた空間に入って、その中だけで楽しむイメージ。
サービスはもちろんすべてテキストで、画や音はおろか色さえもなかった。

大学で電気工学科に進み、人工知能の研究室に配属となった。
ある日、修士の先輩がおもしろいものを見せてやるという。
カタカタ…とキーボードを操作する先輩。

画面に5cm四方の白い四角が浮かんだ。
その後ボンヤリと色がついて、次第に明瞭になり、時間をかけて豪華絢爛な打ち掛けの写真になった。
ん? 写真はきれいだが、いつもより表示が遅い。

――え? これのどこがおもしろいんですか?
「高知大学に繋いでるん」

脳天にくさびを打ち込まれたような衝撃が走った。
京都にいながら、高知大学の持つ写真を見ることができるとは!
それが僕のはじめてのインターネットだ。
今でこそあたりまえのことだけど。

インターネットの商用利用解禁前だから、SNSも企業ページもない。
まだ研究者しか使えなかったから、接続コストは大学負担。
テキストだけのパソコン通信に対し、僕にとってインターネットとは繋ぎ放題で、画像を見るためのものだった。

しかし、その後家庭に普及したインターネットはそうはいかない。
高額な電話回線で繋ぐしかなかったからだ。
Saoriさんの記事にもこうある。

細めに接続を切るように親に言われていたので、記事を読み込んでから接続を切って、ゆっくり読んでいた。あと、画像の読み込みにお金がかかるので画像は表示されない設定にしていた。

まさに、僕にとってのパソコン通信がそうだ。
Saoriさんは思春期のインターネットに、僕は思春期のパソコン通信に思いを馳せる。

Saoriさんは続ける。

noteが好きなのは、テキスト全盛の時代に思春期を過ごしたからなのだろうか?

きっとそうだ。
テキストに対する愛着が、Saoriさんを、僕を、noteに向かわせるのだろう。
Saoriさんの記事を読んで、そう確信した。

(2022/10/10記)

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