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ブロッホ:組曲「バール・シェム」 シャシディ教徒の生活の3つの情景
エルネスト・ブロッホ(1880-1959)は、スイスで生まれ、後にアメリカに渡ったユダヤ人の作曲家である。彼はユダヤ民族主義をモットーとし、ユダヤ的な性格の濃い作品を数々残している。ブロッホやシェーンベルクらにより、ユダヤ教会の芸術音楽は豊かさを増していったのである。ブロッホはイスラエルの切手にも登場する。この切手は1995-96年、音楽家シリーズの一つとして発行された。
「バール・シェム」は
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番「雨の歌」ト長調 作品78
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番「雨の歌」ト長調 作品78
ヨハネス・ブラームス(1833-1897)は、ウィーンで活躍をしていたドイツの作曲家である。ブラームスは40歳を過ぎて、初めてヴァイオリン・ソナタを出版した。この作品は「1番」のソナタであるが、彼の青年時代の作品も含めると、少なくとも4番目に作曲された作品であるといわれている。この作品は1878-79年にオーストリアのペルチ
ヒンデミット:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番 作品31
ヒンデミット 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番 作品31
パウル・ヒンデミット(1895-1963)は、ドイツの作曲家、理論家であり、ヴァイオリンやヴィオラを始めとする楽器の優れた演奏家でもあった。
この第1番は、第2番と共に1924年に作曲され、同年、自身が運営委員を務めたドナウエッシンゲン音楽祭にて初演された。1920年代のヒンデミットの作風は、ロマン主義的な傾向に相反する、純粋な音
カプースチン:ディジー・ガレスピーの“マンテカ”によるパラフレーズ Op.129
N.カプースチン (1937-2020) ウクライナ
カプースチンはジャズとクラシックを融合させた作品を書く作曲家である。彼自身も卓越したピアニストであり、自作自演のCDも数多くリリースしている。
♪ディジー・ガレスピーの“マンテカ”によるパラフレーズ Op.129
ディジー・ガレスピー(1917-1993)はアメリカのジャズトランペット奏者であり、作曲家としても≪チュニジアの夜≫など多くの作品
J.S.バッハ:2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1060
J.S.バッハ (1685-1750) ドイツ
バッハは1729-37年にかけて複数のチェンバロのための協奏曲を創作したと考えられている。これらの協奏曲は、バッハ自身、そして二人の息子達(W.F.バッハ、C.P.E.バッハ)や弟子によって演奏されたのだろう。
♪2台のチェンバロ(ピアノ★)のための協奏曲 ハ短調 BWV1060
原曲は2つの旋律楽器と弦、通奏低音のための協奏曲である。旋律の音型や
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ 作品28 イ短調
692字のロングバージョンです。
C.サン=サーンス(1835-1921)は近代フランスを代表する作曲家であるが、ピアニスト、オルガニストとしても名を馳せ、さらには天文学、哲学、文学、考古学、民俗学、素描家などとあらゆる分野に精通した人物であった。1871年にはフランス音楽の振興のために「国民音楽協会」を設立している。
序奏とロンド・カプリチオーソは1863年に作曲され、当時の人気ヴァイオリニ
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ 作品28 イ短調
286字のショートバージョンです。
C.サン=サーンス(1835-1921)は近代フランスを代表する作曲家であるが、ピアニスト、オルガニストとしても名を馳せ、さらには天文学、哲学、文学、考古学、民俗学、素描家などとあらゆる分野に精通した人物であった。1871年にはフランス音楽の振興のために「国民音楽協会」を設立している。
序奏とロンド・カプリチオーソは1863年に作曲され、当時の人気ヴァイオリニス
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004より第5楽章 シャコンヌ ニ短調 4分の3拍子
J.S.バッハ(1685-1750)は、ケーテンの宮廷楽長時代(1717-1723)の1720年頃にこの曲を含む、無伴奏ヴァイオリンのための三つのソナタと三つのパルティータ(BWV1001-1006)を書き上げた。バッハはそれまで単旋律楽器、あるいはリピエーノ楽器と考えられがちであったヴァイオリンの機能や、重奏法、ポリフォニックな演奏技法をここで大きく発展させた。ソナタはイタリアの教会ソナタの様
もっとみるJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004より 第1~4楽章
J.S.バッハ(1685-1750)は、ケーテンの宮廷楽長時代(1717-1723)の1720年頃に無伴奏ヴァイオリンのための3つのソナタと3つのパルティータ(BWV1001-1006)を書き上げた。バッハはそれまで単旋律楽器、あるいはリピエーノ楽器と考えられがちであったヴァイオリンの機能や、重音奏法、ポリフォニックな演奏技法をここで大きく発展させた。この曲を含むパルティータはフランスの宮廷舞曲を
もっとみるガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー
G.ガーシュウィン (1898-1937) アメリカ
♪ラプソディ・イン・ブルー
10代初めのガーシュウィンは学校では問題を起こし、ホッケーやローラースケートに興じ、街をうろつき、喧嘩、女・・・と全てやりつくしたといってもいいほどの筋金入りの悪であった。だが当時のニューヨークの街はポピュラー音楽が花開き、バーにはピアニスト、通りにはハーディ・ガーディ、ゲームセンターには自動演奏楽器が置いてあり、
ショスタコーヴィチ:2台のピアノのための組曲 嬰へ短調 Op.6
D.ショスタコーヴィチ (1906-1975) ロシア
♪2台のピアノのための組曲 嬰へ短調 Op.6
1922年ショスタコーヴィチの父が突然亡くなった。まだ彼がペテルブルク音楽院在学中の15歳の時のことである。その死の翌月、父の思い出に捧げ書かれた作品がこの組曲である。
1.前奏曲
全体は4曲からなり、前奏曲は同じロシアの作曲家ムソルグスキーやラフマニノフを思わせる鐘のモチーフが全体を通して