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【掌編小説】今日も、映画を見る

 俺の祖父は、妊婦のような腹をしていた。ハゲ頭で大柄で無愛想。老眼鏡の向こうで光る吊り目も相まって、人相は最悪だった。
 食欲旺盛で隠れ甘党だが、酒は赤ワイン一択と変なこだわりを持っていた。
 甘納豆をツマミに赤ワインを呑む姿は、今になって思えばお洒落だったな、と感じる。当時小学生だった俺は、何とも思っていなかったけど。

 そんな祖父の趣味は、映画鑑賞だった。
 レンタルビデオを借りてきては俺に再生させた。祖父はビデオデッキを使えなかったのだ。
 俺は祖父に頼まれ、ビデオを再生した。そのあとすぐ部屋を出たから、どんな映画を見ていたのかはあまり知らない。赤ワインを呑みながら映画を見ていたな……程度の認識しか無かった。
 テレビで放映された映画はジャンル問わず毎回見ていたから、映画なら何でも好きだったのかも知れない。国内のみならず、海外の新人俳優の名前でもスラスラ言えるような人だったから。

 そんな祖父と、二人きりで映画を見に行ったことが一度だけある。
 どんな経緯でそうなったのかは覚えてないけど、見た映画の内容はハッキリと覚えている。

――ひたすらスカラベに襲われる話だ。

 俺はその夜悪夢にうなされ、二度と見るか! と思った。

 俺が映画嫌いになろうが祖父はマイペースに映画を見続けた。
 祖父は俺が高校生の頃に亡くなったが、甘納豆と赤ワインをやめても、映画だけは最後までやめなかった。

 祖父が亡くなって数年後、テレビで偶然あのスカラベ映画を見た。
 祖父を思い出したのもあって、気付けば最後まで見てしまっていた。
 子供のころは、無意味に人が襲われるホラー映画だと思ったけど全然違った。改めて見たら面白いと感じたのだ。

 こりゃぁ、じいちゃんも金払って見に行くわ。

 そう納得した俺は、勢いそのままにサブスクを登録して映画の続きを見た。
 次の日はミステリー映画、次の日はコメディ映画、次の日は……と、気付けば祖父並みの映画好きになっていた。

 こうなると、大変な後悔が押し寄せてくる。
 祖父はどの映画がお気に入りだったんだろう。
 どの俳優が好きだったんだろう。
 どんなシーンに胸を打たれたのだろう。

 今更になって知りたいと思ってしまう。本当に、聞けば良かったなぁ……。
 無愛想だったけど、話し掛ければ淡々と答えてくれた。気難しく見えたけど、時々ふっと笑う人だった。
 そして、お洒落な人だったのだ。
 きっと祖父が好きな映画もお洒落に決まってる。

 なのに、何も聞かなかったなんて……後悔先に立たずとはこの事だ。

 俺に出来るのは、これは好きかな? と、好みを予想しながら映画を見ることくらい。お供は当然、甘納豆と赤ワインだ。

 あの世に行ったら一番好きな映画は? と真っ先に聞こう。
 それが予想通りだったら――いや、好みが一緒だったら、どれだけ嬉しいんだろう。

 今日も俺は、わくわくしながら映画を見る。

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