マガジンのカバー画像

ショートショート

5
運営しているクリエイター

記事一覧

ふわり #6

ふわり #6

その日、彼―――小林敏樹―――は、来月の国際学会での発表の準備に追われていた。

あの事件―――無限ループする階段―――の以後は、特に奇怪な事件に巻き込まれることなく、研究に明け暮れる日々を過ごした。
博士号を取得したのちも実績を積み、今や准教授だ。彼の研究実績や所属研究室の教授の年齢も考えると、後継者となるのも時間の問題であった。

とまあ、傍から見ると順風満帆な研究者人生に見えるが、何の不満も

もっとみる
大気の状態は不安定につき(前編)#4

大気の状態は不安定につき(前編)#4

久しぶりに定時でオフィスを出た遥香は、いつもの帰り道で、見慣れないものを見た。
それは工事現場なのか、ガスの工事の跡か何かなのか、道路に点線の円が白く描かれ、その中心には×印が記されていた。

まあ、いっか。

解放された気分で夕日に照らされたオフィス街を歩いていると、
さっきまで真っ青だった空を、黒々とした雲が急速に覆ってきた。

夕立ちかな?

少し心がざわついた瞬間、雨粒が一つ、また一つ、頬

もっとみる
階段 #3

階段 #3

締め切り間際、ワークステーションをフル稼働させた長大なシミュレーションの計算結果を待って、徹夜で学会用の論文を仕上げた一人の大学院生は、達成感に浸りながら窓の外を見た。

この街はオフィスビルが多く立ち並ぶ、いわゆる一等地で、そんな中にキャンパスを構えるこの私立大学は、それなりの知名度と実績を誇っていた。

学部時代の成績により、大学院へは推薦で進学した。博士課程に進むよう教授からは説得されていた

もっとみる
穴 #2

穴 #2

早朝、一人のサラリーマンは深夜残業を終え、空が白み始めたオフィス街を歩いていた。

ふと目に留まった、とある居酒屋の壁の穴を、彼は何となく覗き込んだ。

吸い込まれるような感覚。
景色がぐわんと歪んだ。
眩暈とともに、目の前が霞んでいく――――

***

視界が明るくなったときには、彼は真っ白な床に倒れこんでいた。
目の前に黒いスーツを着た紳士が立って、彼を見下ろしている。
顔をはじめ、全体的に

もっとみる
ある廃屋に #1

ある廃屋に #1

ある夏の日、新聞の投稿写真欄に匿名で掲載された写真。
写真の片隅にはこう書いてある。

恥ずかしがり屋の私には、とても使いきれないお金をここに入れました
もし見つけられた方はご自由にお持ちください

今の時代、写真からの場所の特定は容易だ。
ほどなくSNSで場所は特定され拡散された。
どこの街にも一つはありそうな廃屋だ。
偶然にも、私の近所だった。

案の定というべきか、この土地の所有者は姿をくら

もっとみる