見出し画像

絶望の縁に咲いた…(DROP エピローグ)《短編小説》

腕に増える傷。
遂には手首にまで…。
切っても切っても、最後までやれない。
俺は意気地無しだ。

アイツが逝ってから、今日で49日だ…。
アイツとの約束守れなかったな…。

バイクのキーを片手に家を出た。


アイツが自殺してから、俺は職場に居づらくなり辞めた。
アイツをいじりといういじめで、自殺に追い込んだのは俺だ。
アイツのお袋さんの声が耳に鳴り響いている。
それは絶え間なく。

アイツは一人息子だった。
軽い発達障害があり、障害者雇用で俺がいた職場に来た。
真面目で一生懸命で、けどどこか要領悪くて…。
嫌いな訳じゃなかった。

寧ろ、手のかかる弟みたいな存在で、可愛い奴だと思っていた。
だがそれを、周りの奴にからかわれるのが恥ずかしかった俺は、わざとぶっきらぼうに接したりからかったり…それが俺の仲間内でも日常になり、段々とエスカレートして行った。

俺は勇気がなかった。「もうやめようぜ。」
そう言って、アイツに頭を下げる勇気が。

入って来て多分2週間目位だったか…アイツと休憩時間が被り雑談を少しした。
その時アイツが「…僕、海に憧れるんです。」そうポツリと言った。
その一言が、俺の荒んだ心を揺らした。

だから「バイクの後ろに乗せて連れて行ってやるよ」
そう素直に口から出た。

あの時のアイツの顔は、今でも忘れない。
ぱっと、今まで見た事ない位輝いた目で俺を見た。
「良いんですか?」
俺は照れくさくなり「野郎二人ってのが色気ねーけどな」
そう言って煙草を吸った。

アイツはしばらく俺の横顔を見てから「ありがとうございます…」
そう、小さな声で礼を言った。
その声は、少し震えている様だったが、俺は聞こえない振りをした。


そんな約束をしたのに…俺は俺を守る事だけを考えて、奴の行動一つ一つに段々苛立ち、益々暴言を吐いたりする様になった。
仕方ないと分かっていても、同じミスを繰り返す。
その事が段々とうざったくなってきていた。

それから…アイツは仕事に来なくなった。
訃報を聞いたのは、そのすぐ後だった。

「好きで障害者に生まれたんじゃない」
そう遺書に書いてあったと聞いた時…俺は取り返しのつかない過ちを犯したと、やっと気付いた。


海までバイクを走らせた。
アイツを後ろに乗せてる様な、そんな罪滅ぼしにもならない感覚で、夢中に……。

途中で霧が酷くなり、カーブを曲がり切れなかった俺は…崖に突っ込んだ…。


気付いた時、俺は姿がハッキリしない、黒い靄の様な奴に問いかけられていた。 
「罪滅ぼしをしたいか」
俺は自分が死んだと気付いた。
「したい。会って謝りたい奴がいる…」

その得体のしれない奴は、俺に黒い羽根の様な物を一瞬掠め「お前のやるべき事をやれ」
そう言って、目の前から消えた。


それから俺は、『死にたい』と思う奴にだけ見える存在になった。

何人もの人間に会った。
そして、俺の罪を語った。
「生きろ」
その思いが、相手にどれ程伝わっているのかは、正直分からない。
ただ、俺にはその手段しか思いつかなかった。


アイツを探し続けて、もうどれくらいだろう…。


不意に耳に懐かしい音が聴こえた。
波の音だ。

俺は音の方向へと歩き出した。

一人の青年らしい後ろ姿が見えた。
静かに波を見詰めている。

その後ろ姿は、確かに見覚えがあった。

俺は何て声を掛れば良いか分からなかった。

「…おい、お前…」
「ずっと待ってたんですよ、僕、此処で…」

俺は言葉を探した。
だが出てきた言葉は「悪かった。本当に取り返しのつかない事をした。謝ってもお前の命は還らない…」

ぼたぼた涙を零しながら頭を下げ続けた。


「見てましたよ。貴方がしていた事。沢山の方の命を救ってたじゃないですか」

アイツが振り返った。
あの屈託ない笑顔に涙を浮かべて。
「僕は分かってました。貴方が僕を本当は嫌いじゃない事。 けど、僕は限界だった。もう全てを投げたかった。何も悔いはなかった。……そう思った。」

まっすぐ俺を見つめる目。
「けど、貴方との約束が残ってた」
涙が零れた顔で、奴は言った。

「バイク、乗せて下さいよ」

俺の手には、あの日手に取ったキーが握られていた。


「風が気持ちいいッスね!」
「あ?!なんだ?」
「こんなに海の風感じたのは初めてです!」

俺は思い切りアクセルを踏み込み、スピードを上げた。

その時、俺達の姿は薄く消えかかり空高くに舞い上がった。


俺達は同じ事を感じた。


「ありがとうな。」
「僕も…」



10年以上前にバイク事故が起きた場所には、二輪の小さな名も無き花が、互いを支え合う様に今も咲いている。

[完]





この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?