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苦労人の元大統領がモデルの映画。『弁護人』韓国、2013年


大好きなソン・ガンホの映画『弁護人』です。先日、カンヌ映画祭に出品した『ベイビーブローカー』で最優秀男優賞をとったお祝いではないですが、彼の作品を紹介したい病がになってます。名作・佳作がたくさんあるソン・ガンホですが、これもその1つ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領(2003‐2008)の若い時代の話がベースの映画です。

主人公のソン・ウソクは、第二次世界大戦直後に貧しい家に生まれました。頭がよかったので高卒でいろんな職業を経験した後、働きながら勉強して司法試験に受かり、判事になりました。でも、当時の韓国は独裁政権で、超がつくほど学歴社会。ウソクは、ひどい差別に懲りて弁護士に転身します。

学歴もコネもないウソクは、まだ誰も手を付けていなかった不動産登記業務に目をつけ、釜山(プサン)一の税務弁護士へとのし上がっていきました。ところがある日、なじみの食堂の息子が、公安当局に「アカ」(共産党=北朝鮮シンパ)の容疑で突然逮捕されてしまいます。

目端がきいて、頭がよくて、お金を稼いで、支えてくれた家族に恩返し真っ最中のウソク。彼が、貧乏時代の恩人の息子を助けるために、迷う姿はこころをうちます。というのも、軍事政権時代の「アカ」容疑なんて、冤罪度が高すぎて、裁判も形式だけなのがあたりまえでした。恩人のために頑張ると、自分も公安警察にひどい目にあいます。

けれど、ウソクは恩人のため、そして自分の息子たち将来の世代のために「正攻法」でつっこんでいくことを決意します。ソン・ガンホの演技に圧倒されます。モデルになった冤罪裁判の後、ノ・ムヒョンは民主化運動に関わる弁護士になり、国会議員になり、そして大統領になります。

でも、2009年、親戚の犯罪が原因で自殺しました。彼の一生は、韓国現代史そのものみたいです。そして、ちょっと台湾の陳水扁に似ています。民主化運動の弁護士をして独裁政権と戦い、その後の民主化の過程で市長になって、大統領になって。でも、身内の汚職に足をひっぱられます。

「韓国は民主化はできるけど、コネとか地縁・血縁を改革することはできない」って皮肉をきいたことがあるような気がしますが、台湾や中国、韓国みたいな、人脈がすごく大事な社会では、恩人を裏切らないとか、義理人情に厚いのは大事なことです。でも、政治家とになると柵の多さはとんでもないだろうし、正しいことがいいことだとも限らないし、辛いですね。

それにしても、韓国の役者さんはすごいです。北朝鮮を憎む警監クァク・ドウォンは、いかにもゴツい公安警察っぽい悪役だし、弁護士事務所の同僚パク・ドンホも、調子がいいけど悪い人じゃなさそうで、昭和のドラマにでてくるような感じ。ソン・ガンホとのコミカルな掛け合いが楽しいです。

それから、どこかで見たことあるなあと思っていたキム・ヨンエは、以前見た韓国のスーパーのスト映画『明日へ』にも出ていた女優さんでした。

私は血のや暴力の映画は貧血起こすくらい苦手ですが、民主化運動の映画には拷問がつきものなので、その点だけが辛いです。夫の隣で、怖いシーンが過ぎてくれるのを、耳を塞ぎながら下を向いて待っています。

そうまでして見るの?と言われそうですが、この映画の熱量はすごいですし、ソン・ガンホは好きだし、ノ・ムヒョン元大統領の自殺からわずか5年でこの映画をつくっている韓国映画界もすごければ、この映画が大ヒットする韓国社会も興味深いです。

邦題:弁護人(英題:The Attorney)
監督:ヤン・ウソク
出演: ソン・ガンホ、イム・シワン、キム・ヨンエほか
制作:韓国(2013)127分

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