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【FGO EpLW ユカタン】 第五節 コスメル襲撃(バーニング・コスメル) 上

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潮の香り。心地よい風。波音。海辺らしい。俺は海辺の砂浜で寝ている。右側が下になっている感覚。長いバカンス。なんの心配もいらねぇ。明日は明日自身が思い煩うだろう……いや待て。

なんで俺は砂浜で寝てる。口の中が酸っぺぇ。ゲロだ。ゲロの味だ。ヤクか酒で酔っ払って寝てたのか……。

……目が開いた。あたりは暗く、視線の先は満天の星空だ。数十分か数時間か、寝ていた、というか気絶してたらしい。

「あ、起きた。案外早かったね」

浜辺で月光に照らされているのは、褐色肌のベイブ、黒い甲冑を着込んだサムライ、水晶髑髏。あと、煮え立つヨーグルト。
そうだった。俺は……こいつらと一緒に敵と戦う、タイムパトロール・ヒーローごっこやってんだった。ごっこ遊びだ、こんなものァ。ちょいと命がけってだけだ。スリルを楽しめ、俺。
ゆっくり身を起こし、ぶるぶるっと身震い。右掌を額に乗せ、首を振ってゴキゴキと鳴らす。まだ焦げ臭いが、森の炎は消えている。

「ああ、すまねぇ。ブザマなところ見せちまった」
『巻き込まれたド素人にしちゃ、よくやってる方だや』
「未だに現実感がなくってよ。夢か幻覚か、クソゲームかクソ映画かって気持ちが抜けきれねぇ。でなけりゃ、発狂してるぜ」
「そう思ってりゃいいよ。後は、何が何でも死にたくないって気持ちさ。……アタシ一応、自殺の女神なんだけどなァ」
アサシンが座って葉巻を燻らせながら、自嘲的に笑う。頬が腐ってなきゃ、いいオンナなんだが。

「マスター、まずは水を。そこのセノーテから汲んだものだ」
「おう、サンキュ」
サムライ……ランサーが差し出した木の椀から水を飲み、口を濯ぐ。ゲロの味が口の中から拭い去られた。顔と髪も洗う。
「それから、これを食べられよ。『武士は食事しないとヨウジの値段が高騰してよくない』と申す」
『なンか違わねえだか、その諺』

続いて、同じような椀に盛られた、なんか……ゲロって感じの物体が差し出される。木の匙が添えてある。
「……なんだ、これ」
アサシンが葉巻をふかす。
「アトレ。擂り潰したトウモロコシの粥に、蜂蜜とトウガラシとカカオの粉と、いろいろ薬草を混ぜたの。効くよ」
「いま吐いたばっかなんだが……ええいしょうがねぇ、いただくぜ。あと、水をもう一杯くれ」
目をつぶり、木の匙でかっこむ。体力と魔力は回復してるにせよ、腹に何か入れといた方がいいだろう。甘いようでピリ辛くて酸味がきいて苦味もあり、砂だか石臼の粉だかが混じって、二度と喰いたくねぇ味だ。胃袋と腸が大丈夫か。最後にぐいっと水を一杯。どうにか、ひと心地ついた。これが最後の晩餐にならねぇよう祈っておこう。葉巻は……まぁいいや。

『落ち着いただか。ほしたら、作戦会議だ』

キャスターが切り出した。俺、ランサー、アサシン、シールダーが、ぼんやり光るキャスターを囲んで車座になる。
「よし。で、どうやってあっちへ、コスメル島へ渡るんだ。空からか、海からか、それとも地底からか……」
「まず、空はアーチャーに撃ち落とされるね。海上も。あとライダーが復活してれば、艦砲射撃の的」
「じゃァ、地底だ。セノーテってのは鍾乳洞の入り口だろ、あっちにあれば、こっちからも通じる」
「繋がってりゃ、あちらさんもそっちを通って来ただろうさ。結局、海を行くしかないわけ……あんたが寝てる間に、そう結論は出てる」
「しょうがねぇ。まあシールダーが頑張りゃ、矢の雨と艦砲射撃はなんとかなんだろ。攻め込まれることはあっちもご承知だ」

アサシンが、指で頭をガリガリやる。ランサーは腕を組んでだんまりだ。
「んー、あっちにもまだサーヴァントが、たぶん大ボスがいるっぽいからねェ。で、そいつは海渡って来なかったってことは、まだ島から出られない。ってことは、敵さんの本拠地であるあの島にアタシらが渡れば、全力でぶっ殺しに来れる……なら、上陸自体は妨害せず、内陸で待ち構える、かも」
ここでランサーが口を開く。
「つまり、敵に察知されるより早く渡り、最速で敵の大将を討つ、と」
「そうね。もしくは聖杯を奪う。上陸して、あっちのセノーテをいくつか取り戻せば、ワープで近づけると思う。敵さんの妨害は排除するとして」
「ライダーはまァ、内陸深くに入っちまえば無力だろ。船だしな。問題はアーチャーと、その大ボス……」

「やあ、ご相談かい」

背後で聞き覚えのある声。背筋が凍り、振り返る。馬に乗った仮面野郎。セイバーだ。また唐突に出てきやがった。
ランサー、アサシン、シールダーが立ち上がり、構える。俺はキャスターを持ち上げ、シールダーらの背後に急いで隠れる。
「てめぇ……死んだんじゃ」
「もともと死んでるよ。だから英霊。さっきやられたのに何で、って言うのは……秘密」

剣を抜いてはいねぇし、殺気もねぇ。またぞろ攻撃されても負ける気はしねぇが、どうもあの剣が気に入らねぇ。怖気がする。
「おいキャスター、どういうこった」
『ンー、確かエル・シッドには、「死後も遺骸を愛馬に乗せて国を護った」ちう伝説があるだ。それをスキルだか、宝具だかで再現しただな』
「お前、それを先に言えよ!」
ああ、いや、こいつ『エピメテウス』だった。じゃあしょうがねぇか。
「そういうこと。ま、復活したのはついさっきだがね。三日後だったら会えないところだったよ」
セイバーが両手を広げて笑う。ランサーが槍を構え、ずいと前に出る。

「今一度戦うと言うならば、再び殺すまで」

セイバーが両掌をこっちに向け、そのまま腕を上に伸ばす。降参か。
「まあまあ。もう戦いはいいよ、充分に戦えた。私の負けでいい。だから、降りる。いっぺん倒されて、頭が冷めたというか……洗脳が解けた気分でね。仲間にもならないが、敵対もしない。今度はこの土地を少し探検してみたい」

べらべら喋るセイバーに、一同は眉根を寄せる。胡散臭ぇ。生かしておきゃァ、後々の禍根だ。背後からざっくりやる気か。
「で、今度は先住民を殺戮し、神々と戦いたいってわけかい……」
「いやいや。そこまでは。私は平和主義者なんだ。殺す気ならとっくに襲いかかってるさ。襲われたら、この馬で逃げるよ」
「おい、殺っちまおう。こっちゃフルメンバーだぜ」

眉を顰め、殺気立つ一同。と、キャスターがのんびりした声で発言した。
『洗脳、ちうたな。あっちにおる奴は、洗脳するだか?』
「さてね。あっちの残りはそいつとアーチャー、ライダーだけさ。って、ヒントはこれぐらいにしよう。私に敵意がないのを示すには……そうだな、これを差し上げよう」
言って、セイバーは腰の剣に手をかけ……剣帯から鞘ごと外し、投げてよこした。もう一本も。
「コラーダとティソーン。私の宝具であり、武器だ。組み打ちにも自信がないではないが。ランサー殿。貴殿は私に打ち勝った。だから、これは戦利品だ。受け取ってくれ給え!」

呼びかけられ、ランサーが答える。
「拙者には、槍も刀もある。不要だ」
「武器として使ってくれなくてもいいさ。何かの役に立ててくれ」
「―――しからば、有難く頂いておく」
ランサーが進み出て、鞘ごと双剣を拾う。セイバーは動かない。
「おい、罠かも……」
「セイバー殿。ご厚意、感謝致す」

俺を制するように、ランサーが礼を述べる。セイバーは微笑み、丁重に馬上で一礼した。
「グラシァス、ランサー殿。そしてアディオス、諸君。あいつに勝てるよう祈っておくよ。キミらが負けたら、まあ……もとの陣営に戻るさ」
セイバーは右手を掲げたまま馬首を返し、内陸へ向かっていった。誰も追わない。

ぺっ、と地面に唾を吐く。爽やかに立ち去りやがって、けったくそ悪ぃ。
「……チッ、何なんだあいつ」
「まあ、戦いにならなくてよかったよ。勝つ自信はあるけど、消耗は避けたいし」
「消耗したって、セノーテがあんだろ」
「回復はそうポンポンできないよ、神々にだって都合があるんだから」

砂を蹴り、頭を爪でガリガリ掻いてから、俺は地面にどっかと座り、キャスターを目の前に置く。どうも仲間が多くて気が大きくなってるな。あんまよくねぇ。
「ンじゃ、話を戻そう。結局どうすんだ。海をどうやって行く。橋をかけるのか、船を調達するのか……」
『海上は危ねえ。海中を進むだ』
「海中……どうやって。泳げってか」
俺は怪訝な顔をするが、アサシンたちは平然としている。話はもう決まってたようだ。キャスターが俺の問いに答える。
『おらはエピメテウス。神話において動物を創造し、その全ての能力を配分しただ。だから、全ての動物はおらに敬意を払ってくれるだ』

そういや、神話ではそうなんだったか。ゼウスが全能なら、こんな野郎に創造を任せるこたねぇと思うんだが。あと個人的にゃ、俺は空飛ぶスパゲッティ・モンスターが創造したよりゃ、ダーウィンの進化論の方が理に適ってると思うが。
「……動物。イルカかクジラにつかまって、海中を泳いでくってのか……」
『ン。おらをちっと海水に浸けてくンろ。超音波さ出してイルカ呼ぶだ。神話では、イルカはポセイドンが作ったことになってるだが、まあなンとかするだ。この辺におるのはハンドウイルカ……ンー、数分に一度息継ぎして、頑張って速めに泳いで貰えば、30分もあれば着くだな』

イルカ。いよいよファンタジーになって来た。ヘッドギア被った薬物中毒のイルカじゃーねぇだろうな。それと……
「待て。幽霊みてぇなお前らはともかく、俺が溺れ死ぬだろ」
『おらはともかく、他のサーヴァントは一応呼吸するし、溺れるこた溺れるだ。たぶン。だからシールダーが、それぞれの周りにシールドさ張る。ほンで、アサシンがイルカたちに縄さかけて、引っ張ってもらう。完璧だ』

完璧か。それほど怪しい言葉もねぇが。
「マジでか。大丈夫か。イルカとアサシンはいいが、このバグったマッシュルームが、そんな器用なこと出来んのか」
「やってもらうしかないね。出来るかい、シールダー」

言うが早いか、シールダーは白く光ると、俺の周囲に白く輝く球状のマジックシールドを展開した。試しに海に入ると、濡れないし呼吸ができる。
「お、おお、すげぇ。やりゃできるじゃねぇか。……しかし、魔力と空気はもつかな」
『サーヴァントの攻撃を防ぐわけでねえから、魔力消費は大丈夫そうだや。ンでも、空気はこの中に入るだけしかねえから、ちと息苦しそうだな。息継ぎしつつ、お前さンが潜水病にならねえよう、浅めのとこを行くとするだ』

◇◇◇◇

イルカを喚ぶ前に、枝を拾い、砂浜に地図を描きつつ作戦を立てる。確か、こんな形だったはず。
「真正面、あの船が出たあたりに上陸しちゃあ、襲ってくれって言うようなもんだね。で、このちょっと南に、チャンカナーブ(小さな海)って岸辺がある。そこを目指そう。アタシが道案内するよ」
「上陸したら、どこを目指せばよい。敵の本拠地。そこに聖杯もあるはず」
「それは分かってる。アタシの縄は、魂を喰った奴の情報もある程度引き出せるからね。あれだけ雑魚を喰ってりゃ、来た場所も分かるさ。もう一人のサーヴァントの詳しい情報は引き出せなかったけど」

キャスターの放つぼんやりした光で、地図を照らす。手に持った枝を、一点に突き刺す。
「ここらへん……島の北部の内陸、タントゥン(平らな岩)って都市。ええと、あんたの時代だと……」
英霊の座での未来の記憶と、千年前の記憶が混線する。地元過ぎて、どうも慣れない。キャスターが継いで、
『「サンヘルバシオ遺跡」だな。チャンカナーブからだと、直線でも10kmはあるだ』
「そう。たぶん住民は皆殺しか、奴隷になってるか。アタシの上司のイシュチェル女神の聖地だけど。そこにも確かセノーテがある」
『そうすると聖杯は、そのセノーテを利用してるだな。イシュチェル女神もそこに囚われてると』
「多分、そんな感じね。この辺の神々にとっても結構ヤバイ相手ってわけ。……じゃ、そろそろ行こうか」

「よし、そんじゃキャスター、頼むぜ」
キャスターを波打ち際に置いて、しばらくするとイルカが四頭寄って来た。縄をかける。こんなことに使った経験はないが、なんとかしよう。シールダーが各々にマジックシールドを張る。準備万端だ。武者震いして拳を握る。

「よーし、海中散歩と行こう!」

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