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読書録:中国古代の民俗

白川静『中国古代の民俗』(講談社学術文庫)
中国の民俗学研究は周作人(魯迅の弟)にはじまるというが、研究法は未だ模索の段階だという。中国は文化大革命の際に伝統文化を排斥した過去があるので、民俗学研究は日本より難しいのではなかろうかという気がしないでもない。
本書は中国の、特に古代の民俗学的研究を試みた一冊である。著者の白川静先生は中国古典文学が専門で、そのためか折口信夫の民俗学研究に近い気がする(折口は国文学者でもあった)。本書で取り上げられるのは夏殷周の時代、中国の黎明期の頃で、主として『詩経』と『万葉集』の比較検討が行われる。民俗学とはいえ、取り上げる時代がはるか昔なので、フィールドワークなど民俗学特有の研究手法が使えない。そこで、民俗学的視点からのテキストの比較検討がメインとなる。いわば、文字資料から失われた古代の民俗を復元しようという試みで、このあたりが特に折口的である。民俗と銘打っている割には比較文学的色彩が濃厚だが、詩歌というものは当時の風習や習俗を色濃く留めているもののようで、そこから浮かび上がる古代の民俗世界はなかなか芳醇である。
本書は昭和55年の著作で、それから40年余り経っている。門外漢なので、この40年間に中国での民俗学研究がどの程度進んでいるのかはわからないが、日本に伝わる中国の歴史研究はほとんどが考古学的研究で、民俗学的研究の成果はほぼ伝わってこない。そこから類推すると、中国の民俗学研究はまだ発展途上と思われる。
中国の伝統文化は文化大革命で一度破壊されていると思われ、その後の共産主義の浸透により近過去の民俗学的研究は事実上不可能と思われる。一方で、テキストを使うため従来の民俗学研究よりは国文学や歴史学に近くなるが、残されたテキストから過去の習慣や習俗を明らかにすることは充分可能であろう。中国の文字(漢字)は表意文字であり、その成り立ちを探るのも民俗学的である。本書でも取り上げられているが、『荊楚歳時記』など民俗学的に興味深い文献も多い。
本書は「試論」の域を出ておらず、後継する研究者の登場が待たれる。中国の古代民俗の探求はなかなかにおもしろい。


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