【掌編百合小説】なりたい人になれないで
失恋したらお洒落なバーでしとしとと涙を流す大人になりたかったし、そういう友達の隣に座ってお酒を奢るようないい女になりたかった。
だが、現実は理想どうりにいかないものだ。
私の友人はしとしととなんて泣いたりしない。
具体的に言うなら
「うぇええええええぇぇぇえぐっ、ぐえっズーーーーーっうぇええええええぇぇぇ」
って感じだ。全然しとしとじゃない。理想がしとしと降る雨なら、これはワークマンとかで売ってそうな電動ドリルが降ってきてるみたいな感じだ。もちろん電源をオンにして。うるさいところが共通点である。
「みさどぢゃぁぁぁぁん゛ん゛ん゛!!! う゛えええええ、えぐっ、うええええええええ」
現在進行形で私の友人はマジでこういう風に泣いている。
うるせぇんだよ、他の客の迷惑だろうが。
そしてこの場はほどほどに暗くて床がほわーっと青く光ってるバーなんかではなく、蛍光灯がペカペカに光ってて手元がよく見える24時間営業のファミレスだった。あ、絵画が飾ってあるめっちゃ安いイタリアンではない。念のため。
それにしても友人がこんな風に泣くなんて知らなかった。
男性経験もないくせにオタク特有の謎の上から目線で男を語っていた女だ。万年すっぴんでメガネで安いロリータの出来損ないみたいなフリフリの服を着て、他人の見てくれを批判していた。
相手は彼女が居た。
恋に舞い上がる彼女に私たち仲良しグループはそれを言えなかった。
それが、一人が口を滑らせてこれだ。彼女は告白する前から、しかも全然関係ない場所からいきなりトラップを食らって失恋したのだ。
ざまぁみろ、不相応のくせに偉そうにした罰だ。
私はそう思いつつ、もう二時間もこいつに付き合っている。未だ泣き止む気配はない。
「そんなに泣いたらドラえもんみたいになっちゃうよ」
「う゛えええぇ、なにそれえぇ、意味、わかんない゛い゛!!!」
この女はオタクのくせにドラえもんがずっと泣いていたせいでしゃがれ声になった事も知らないのか。
いや、今のドラえもんはしゃがれ声じゃないから知らないのかもしれない。
私は薄情なのでポテトを頼んだ。山盛りな上にたっぷりとケチャップとマヨネーズがついてくる。
体型を気にしている人間なら絶対に口にしない代物だ。
「ほら、これでもお食べ」
食べてる間はうるさい声を聞かないで済む。
それにしても始発までこいつと一緒か。いや、最寄りが一緒でおまけに私の家の方が遠いから送らなくちゃいけないのか!
うわー、地獄じゃん。昨日は朝から一緒に出かけたから、二十四時間近く一緒だ。
なにが悲しくてこいつのおはようからおはようまでのお守りをしなきゃいけないんだよ。私が何をしたっていうんだよ!
腫れた目で油を吸いまくった細いポテトを食べる彼女は、電動ドリルではなく雨のように泣いていた。
「おいしい」
「せやろ」
関西に行ったことがないのにテキトーな関西弁で相槌を打つ。
「ポテト、ずっと我慢してた」
「そうなんだ」
本当は知っている。彼女は体重とニキビを気にして油物を控えていた。細いし肌だって化粧しないから綺麗なのに。
服はダサかったけど、いいシャンプーを使っていつもふわりと清潔な花の香りを漂わせていた。
オタクだしたまに偉そうになるけど、本当は気遣いができて、破天荒な私を支えてくれる優しい友達だ。
ずっと恋心を持つことすら遠慮していた子が、25を過ぎてはじめて本気を出した。
そんな子が不器用でいびつに頑張ってたら、真実なんて言えるはずがない。
彼女の愚痴に興味ないフリをして、漏らした友達を非難するLINEを送った。
こんないい子がいるのに彼女を作りやがった見る目のない男の連絡先はブロックした。あまりにもむかつくから最後にウンコの絵文字を添えて。
でも、身の丈はわきまえないといけないんだ。
彼女だけじゃなくて……私も。いや、私こそ。
財布を持ってトイレに入る。
ひーふーみ、冷や汗が出たがギリギリこの店の代金ぐらいなら奢れる。
好きな人の失恋でバーも連れていけないなんて、ほんと最悪。
なんて、こっそり涙をこぼした。
彼女の恋愛で、私はこてんぱんに打ちのめされた。私が恋人を作っても彼女はあぁもならないだろう。
本当にバチが当たったのはずるばかりしてる私なんだ。
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