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監視社会がビックビジネスを成功させた未来。

ニューヨーク生まれ、ニューヨーク育ちの元ジャーナリストRob Hartの代表作「The Warehouse 」を読みました。最初の7割がジョージ・オーウォル(1984)、最後の3割がレイ・ブラッドベリ(華氏451度)、という感じで大変面白かったです。

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世界は疫病により荒廃。失業者が爆発的に増え、異常気象が悪化し「 Cloud 」という会社が支配的な力を持つようになりました。 地球最大規模の小売業を営むようになった Cloudは、自社の”グローバル救世主”というブランディングに成功。Cloudは人々が「買い忘れていたー!!」と気がつく前に需要を感知し、どんな物でも玄関先にデリバリー出来るシステムを作り上げました。

Cloudの「生活と仕事が一体となった施設」で働くということは、従業員は施設の外には絶対に出られないこと意味します。新規就業者のPaxtonにとってCloud で働くことは、生きることであり、復讐の機会でもありました。そして、Paxtonは自身と同様にCloud で働くことにある目的を持った女性Zinnia に出会います。

人類が地球で生き残るために必要な全てを備えている施設「Cloud 」でしたが、内部で暗い何かが動き始め、Paxton はZinnaがとてつもなく危険な何かを隠していることに気が付きます。Paxton はZinnia が味方なのか、Cloud 内のスパイなのか、あるいはそれ以外の何かなのかと疑い始めます。

そして、世界をより良い場所にしたい一心でCloud を起業した創業者のGibsonは病に侵され、余命幾ばくもない中、自身が掲げた「より良い世界」を作る後継者を指名するのですが…。
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ジョージ・オーウェルの「1984」のように、人々がダブルシンクし「Big Brother 」という監視社会を容認している世界ではなく、資本主義が行き過ぎた結果、荒廃した世界で生きていくには「Cloud 」という監視社会しか選択肢がないという、何ともリアリティのあるお話。

Zinnaは一体何者なのかという謎は、冒頭20ページで読者には明かされ、そこから暫くジョージ・オーウェルの「1984」を模倣した様な世界観が続き、中々読み進めるのが難しかったのですが、Zinnaが「 Cloud」内でやろうとすることにスリルがあり、彼女はどうなるのだろう?と続きが気になり後半は一気読み。

「探偵モノ」や「スリラー」のようにすっきり解決することを望んで読んでいたので、物語の結末には少し落胆したのですが、それが「現実ってこんな感じなんだろうなぁ」と思わせてくれる、独特の世界観がありました。

ところで、Cloud 内には人々が読むことを禁じられた「本」が存在する、というレイ・ブラッドの「華氏451度」を模倣したようなプロットが出てくるのですが、実はCloudが禁じた本ではなく人々が読むことをやめた本だった、という何とも現実味のある結末に「なるほどなぁ」と思いました。

というのも(物語の筋とは別の話なのですが)Amazon が大量レイオフに踏み切ったきっかけを作ったのは消費者だ、という大変興味深いポッドキャストを最近聴いたのですが、インフレ率が上がり物価上昇についていけなくなった消費者がより安価な物を求めた結果、コストカットには人件費を削る他なかった、という話を思い出したから。

私たちは利便性やコスパと引き換えに、自由や人間らしい豊かさを失っている、という事実が物語とリンクし、とても印象に残った一冊になりました。

著者は本書の中で何度か「1984」や「華氏415度」について触れているので、既に読んだことのある話の模倣ばかりでつまらないなぁ、というレビューもあったのですが、最後まで読むと、この「華氏415度」にはツイストがあり、私は著者のオーウェルやブラッドに対するリスペクトが感じられました。

より良い未来のために、より便利さを追求するのではなく、少しは便利さを手放す必要があるのかもしれない、そんなことを考えさせてくれた著者に謝意を表したい。面白かった!



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