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読書メモ『キルケ』マデリン・ミラー著

『キルケ』(原題:Circe)
マデリン・ミラー著/野沢佳織 訳
作品社 2021年

ギリシャ神話の女神のひとり「キルケ」をとても近しく感じ、長編ながらのめりこんでしまいました。地理的にも時間的にも遠く、何より神という存在なのに。抱え込んだ孤独、心のこまやかさ、自分の足で前に進もうとする強さに魅了されます。

この本をアメリカ在住の友人にすすめられたとき、実はキルケのことをよく知りませんでした。

そのため、少し下調べをして
・太陽神ヘリオスとニュンペのペルセーとの間の子
・容姿や声が「美しくない」「できの悪い変わり者」として、親きょうだいからも冷たくされる
・魔法が使えることから、ある事件を機に孤島アイアイアに追放される
・島にきた人間を魔法で獣に変えてしまう
・オデュッセウスがトロイア戦争から帰還する途中で恋仲となる
などの情報を見取り図に読みはじめました。

ところがページをめくりはじめると、下調べなんてふっとんでしまうくらい夢中になってしまって!「知識」として目にした一語一語に、どれほど豊かな物語が凝縮されているかを思い知りました。キルケが人間に心を寄せるに至った背景、魔法を使うようになった経緯が、ギリシャ周辺の美しい風景や神話上の有名人をからめつつ丁寧に描かれており、釘付けに。

オリンポスの神々はもちろん、恋の相手としてオデュッセウスのほかヘルメスやダイダロス、キルケの親戚筋としてミノタウロスやメデイアなども登場するので、従来の物語とは違った光の当たり方を楽しめるのではないでしょうか(オデュッセウスの妻ペネロペとの関係の描かれ方も意外性がありました)。

魔女キルケのふるまいは、遠くからだとゴシップとして面白おかしい話の種に終わってしまうかもしれません。ですが、近くで見守っていると、どうしてもそうせざるを得なかった切実さがわかり、胸にしみます。かけがえのないもののために、自分にしかできないやり方で戦うキルケを、仲間として応援したくなります。そして、応援しているこちらこそが、キルケに力をもらっていることに気づきます。

死すべき定めにある人間、永遠とともにある(時に人間以上に人間くさい)神々……その個々の資質がポジにもネガにもなりながら「こうとしかありえなかった」と思うような形に運命の糸がよりあわされていく様は圧巻です。まさに魔法にかかった読書時間で、「壮大な物語をよくこんな風に語り直すことができたな」と著者に拍手を送りたくなりました。また、この世界を自然な形で伝えてくださった訳者の方も、本当に素晴らしいお仕事をされたなと感じます。

同じ著者による『アキレウスの歌』も大変面白かったので、次回作も楽しみです!

noteを書くという行為も、自分と世界との関わり方を変えていこうとする点で、魔法をかけているようなものなのかもしれませんね。

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読書メモです。英語の勉強を兼ねて、対訳があるものを中心に楽しんでいます。よろしければ、こちらもぜひ。


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