不登校_特殊支援学級

発達障害に対して社会はどう変わるべきか 1

 この章では、発達障害は二つのグローバル化と生存の地滑りによって増えたという主張から、では社会は発達障害をどう受け止め、どう変わっていくべきかを書いていきます。

スペクトラムであるべきものは障害ではなく社会

 他にいくらでも情報があるので、この本ではあえて個別の発達障害について書いてきませんでしたが、ここ数年の発達障害の診断に大きな変化があったことにここでふれたいと思います。
 世間でよく聞くアスペルガー障害や自閉症などの発達障害は、実は現在は自閉症スペクトラム(ASD)という一つの診断になっています。スペクトラムとは連続という意味で、近隣するいくつかの障害やグレーゾーンをカバーして一つになったという感じのようです。それまでの診断名よりASDの方が診断がつけやすくなった部分はありそうです。
 私は今の日本ではASDという概念は失敗だったと考えています。今まで診断がつかない軽度で微妙なケースがASDと診断がついたところでどれだけの利点があったのでしょうか。
 連続であるべきは診断ではなく社会であるはずです。
 これをまず教育で考えてみましょう。多くの人は、発達障害だから個別の支援が必要だと考えていることでしょう。これは本来は違います。集団学習が当たり前の日本ではまだまだ浸透していませんが、本来は全ての児童生徒がその子にあった教育を受ける権利があるのです。発達障害がある子もそこまでではない苦手のある子も同じです。弱い部分をカバーできる手立てやその子にあった進度で勉強できる環境があるべきなのです。世界ではオランダなどヨーロッパを中心に個別学習に近い授業が増えています。
 仕事ではどうでしょうか。教育と同じ様にその個人個人に合わせた仕事があればベストですが、そうはいかない部分もあるでしょう。教育と違って仕事には一定額以上のお金を生み出さなければいけないからです。
 仕事に関しては個人個人に合った仕事が必要であるというだけでなく、仕事と生存を今より切り離す必要があるでしょう。生きていけるお金を得る行為は今は働くか、それだけでは生きていけないとして生活保護や障害者年金などに頼ることになります。生活保護にはスティグマといって後ろめたさがつきまといます。これをもっとスペクトラムなものにして、何かのスティグマがなくても生きていくのに充分なお金がなるべく手に入るような社会が望ましいでしょう。社会保障を手厚くしたり、ベーシック・インカムを導入することなどが具体的な方法になります。
 といってもイメージしづらいかもしれないでしょうから、ある国を例にあげて考えてみましょう。
 

デンマークの高校進学率

 先日、デンマークの大使館の人の話を聞くイベントに参加しました。
 高福祉高負担の国として知られるデンマーク。大学院までの授業料は無償、医療、年金、介護も全て無料です。その一方で所得税は平均35%、消費税は25%と大変高い税率となっています。
 そんなデンマークの高校進学率がどれくらい知っていますか?
 なんと75%! 四人に一人は高校へ行かないのです。驚く私に大使館の人は平然と言いました。


「デンマークは別に中卒でも生きていけるので。」

 職業教育校や就職後の資格の為の教育などが少し違いますが、デンマークでもより勉強して上の学校に行った方が収入が高くなるのは日本と一緒です。しかし、福祉が手厚いデンマークでは中卒で収入が人より少なくても普通に生活できるのです。結婚して子育てするのも国からの支援が充実しているので問題ありません。勉強したい人は勉強し、そうでない人はほどほどに勉強する。そんな社会ができているのです。
 そこまでお金を稼げなくても生きていける社会。これが私の言う仕事と生存が切り離された社会です。
 こういった社会なら、発達障害などで働ける仕事に条件がつく人やフルタイムで働けない人にとっても、自分に合った仕事をしながら生活していくことがやりやすいはずです。


『発達障害に対して社会はどう変わるべきか 2』へ続きます。


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