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【5000字無料】民主主義の源流はキリスト教!?——『民主主義の本質』訳者あとがきを読む

*Kindle Unlimitedでもお読みいただけます!

 民主主義とは何だろうか。
 その謎を探るべく、我々は17世紀のイギリスへと飛んだ——

キーワード:
民主主義、政治、同意、討論、企業、官僚制、自由、ピューリタニズム、プロテスタント、キリスト教、宗教、近代の源流、ホッブズ、リンゼイ、哲学

しぶたにゆうほ(以下「しぶ」) 「遊学」チームでは今、リンゼイという政治学者の民主主義論を扱った動画を鋭意制作中ですね(追記:2023年9月公開済)。

八角 そうだね。

しぶ その準備の一環として、今日はそのリンゼイの『民主主義の本質』という本について、邦訳の「訳者あとがき」をガイドにしつつしゃべっていくので、いろいろコメントしてください。本筋からどんどん逸れていくぐらいがちょうどいいよ。

八角 はーい。

八角
 株式会社「遊学」の代表。
 京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
 哲学をやっている。文字を書くのが好きじゃない。

しぶたにゆうほ
 株式会社「遊学」の一員。
 京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
 専門を尋ねられると、大学では「数学基礎論」、大学院では「宗教言語論」と答えていた。

しぶ 本の情報はこんな感じ。

・著者:A・D・リンゼイ(イギリスの政治学者)
・1929年に出版
・アメリカでの講演がもとになっている
・今回参照した邦訳:A・D・リンゼイ、永岡薫(訳)『〔増補〕民主主義の本質 —イギリス・デモクラシーとピュウリタニズム—』、未来社、1992年

しぶ ひとことで言うと、「民主主義にとって本質的なものは何か?ということを、17世紀イギリスの歴史的な話も辿りつつ論じる本」なんだけど。訳者(永岡薫氏)が、この本の特徴を5つに整理してくれている。

1 民主主義を歴史的に考えている
2 民主主義の条件を探っている
3 民主主義を社会の理論と見ている
4 官僚制の問題に取り組んでいる
5 独特な自由の理念が流れている

しぶ まずこの5点に沿って1つずつ話してから、リンゼイの生涯と、「増補版あとがき」についても話す流れで進めるね。

八角 おっけー。


『民主主義の本質』の5つの特徴

しぶ 早速、訳者が挙げている5点の特徴の話をしたいんだけど、もう1つ言っとくべきこととして、訳者がこの本の色々な特徴を説明するときに、比較を持ち出すことが多い。他と同じなら特徴にならないから、他と比べてユニークなところを抽出して説明されることになる。従来のよくあるものに対して、この本はこう言っています、と。

八角 従来よくある、何に対して?

しぶ 従来よくある、民主主義論に対してかな。前もって主な論点を表にしておくとこんな感じ。この表は勝手に作ったもので、細かい議論を端折ってるから、正確なところはこれからの話で補って欲しいんだけど。

訳者が挙げている主な論点
(「訳者あとがき」「増補版訳者あとがき」をもとに作成)



1.民主主義はどこから始まった?(民主主義を歴史的に考える)

しぶ ほんじゃらば1点目から。そもそもこの本は、民主主義の本質っていうぐらいだから、政治理論みたいな理論的なことが書いてある。だけど、その理論的な考察に先立って、近代民主主義の原理をピューリタニズムに求めて歴史的に捉えている。これが特徴の1つ。と訳者は言う。

八角 歴史的なのが特徴。

しぶ うん。従来よくあるのは、民主主義っていうのを歴史から離れた抽象的な理念と捉えるような見方。それに対してこの本では、民主主義を近代に固有の「歴史的」理念として捉える。ちなみに今さっきの表の1行目には、ここまでしか書いてない。それにプラスして、17世紀のイギリスを扱っているというのもユニーク。これは何と比較されてるかっていうと、民主主義の話をするとき、普通はフランス革命の話を持ってきたり、ルソーを持ってきたり、というのがわりとよくあって……

八角 確かに、フランス革命の話しがち。ルソーも。

しぶ それに対して17世紀イギリスは特徴的だね、という話。さらに言えば、仮に17世紀イギリスが取り上げるときでも、その時に出てくるのは例えばホッブズとか。ピューリタンの話にフォーカスするのは珍しい。

八角 そうだね。だって、高校の時にそんなんやった気がする! ホッブズ、ルソー、『リヴァイアサン』みたいな。

しぶ そうそう。世界史でも習うし、倫理とか現代社会にも出てくる。

八角 そういうのとは違うって話ね。

しぶ 全否定っていうわけじゃないけど。そうね、例えばホッブズが重視されすぎていることへのカウンターは明確にある。

八角 まあ、ホッブズは重視されすぎてる感はあるよね!

しぶ これ後で「増補版あとがき」のときにも出てくるんだけど、リンゼイは、ホッブズ由来の民主主義とは別のルートの民主主義の原理みたいなのを考えてる。ホッブズルートで行こうとすると、一歩ミスるだけで全体主義的になるとまで言ってる。

八角 ありそうな話だね。

しぶ そっちのルートは「誤れる民主主義」みたいなものの源流であって、本当の民主主義の源流はむしろピューリタンの方にある、という主張。

(編集注)ピューリタンとは:
イギリスのキリスト教の一派で、「カルヴァン主義」の影響を受けた人々のことです。キリスト教は大きくカトリックとプロテスタントに分かれますが、「カルヴァン主義」というのはこのプロテスタントの一部に属します。17世紀のピューリタンたちは、国の宗教に対する考え方に満足できず、もっとラディカルに改革をしたい!と考えていたので、様々な独自の考え方を持っていました。このように言うと、特殊な集団であるかのように感じてしまうかもしれませんが、そうではなく、当時のイギリスではこのピューリタンの考え方や生活習慣がメインカルチャーの1つとしてありました。

八角 なんかすごい気になってることがあって……昔勉強した時から思ってたんだけど、なんで民主主義の源流がホッブズになるのか分かんない。「民主主義、ホッブズより前にあるやろ?」って思うんだけど。

しぶ ん、つまり古代とかにアテネとかにって話?

八角 古代はちがうな、それは「古代から民主主義みたいなものもありました」って話だから別の話だけど。気になってるのは、近代民主主義って言ったときに、1つの、特定の人の文献に固定するっていうのが……

しぶ 象徴的事例ではあるけど、突然1人の思想家から民主主義が始まるって発想はおかしいんじゃないかってことね?

八角 そういうこと。「黄昏に飛び立つ」じゃないけどさ。

しぶ それはそうね。ただ……

八角 ホッブズが最初に「近代民主主義っていうのはこういうもんです」って書いたっていうんならわかるんだ。それってさ、その場合、ホッブズより古い時代についてホッブズが批判を加えて言っていることになるでしょう。それはわかる。でも、ホッブズの同時代についてホッブズの思想を用いて説明されるのは変な感じがする。

しぶ その疑問はもっともだから、一旦考えたほうがいい気がする……。

八角 まあ、いいんです。

しぶ 少し話がずれるかもだけど……それこそ中学・高校的な説明でよく言われるのは、それまでは、国のもっている権力が普通の市民の方にあるっていうロジックそのものが作られていなかった。そのロジックを初めて作ったのがホッブズ、ロック、ルソーっていうことになるわけなんだよね。架空のフィクションとしての歴史を立てることで。いわゆる社会契約説。

八角 うん。

しぶ 「人間が権利を国に譲渡なり信託なりで渡してるのであって、本来的にはそれは人民の元に権利があるんだ」っていうロジックそのものをフィクションを用いて作った。民の側に権利があるっていう発想がそこから始まった。だから民主主義の源流って言われるのはそういう意味だよね、中学高校的な、オーソドックスな説明としては。

八角 解釈の問題でしょう?

しぶ 解釈の問題だね、ホッブズから始まったっていうこと自体が解釈。君が言ってるのは、もっと制度とかに行った方がいいってこと?

八角 そう。

しぶ 制度から攻めると、マグナ・カルタとかから始まって、「議会が…」「選挙が…」とかって話になりそう。あとは例えばフランス革命の話が出がちなのも制度の側の話だろうね。

八角 そう、それはわかる。

しぶ 「源流」って言ったときに意味がそもそも違うね。思想家の名前を出す場合と、制度の話と。実際、「理念としての民主主義」と「制度としての民主主義」という区別もよくされるし。

八角 政治的なこともあるよね。「自分の国が一番最初に近代民主主義をやりました」っていう主張をしたい。

しぶ よくある、「近代がどこから始まったか?」っていう話ね。フランスはフランス革命を、ドイツは宗教改革を、イギリスは産業革命を近代のスタート地点にしたい、みたいな。民主主義のケースも、何を民主主義と呼びたいかという問題かも。そもそも今ある形の制度のスタートを探りたいだけなら、せいぜい百何十年か遡ればいいはずで、ぐんぐん何世紀も戻るのはかなり解釈の領域。

八角 そういうこと。

しぶ ただ、ルソーとかホッブズとかの哲学が重要だったということは、逆に本当は強調しないといけないのかもしれないけど。一周回って。

八角 読まれてたってのも重要だからね。

しぶ 例えば、フランス革命は当然ルソーだっていう風に僕らは思ってるけど……

八角 思ってなかった!ごめん(笑)

しぶ ありゃ(笑)。フランス革命を指導した人たちは、ルソーとかを読んでた……ってことになってる。本当は諸説あって、急進派に政治的に利用されただけとか、そんなに読まれてないだとかとも言われるけど。少なくとも言えることには、フランス革命の影響が広がるときにルソーの思想も合わせて広まったし、後の時代からは関連づけて語られるってこと。

八角 そうなんだ。チョコ食べよっと。

しぶ 過去に、「哲学者が歴史を動かした例はあるんですか?」って聞かれたことがあったんだけど。一番わかりやすい例はルソーやロックかなと思ったから今したような説明をしたら、「うーん、でも革命はただ貧しいのが嫌だからしたんでしょ?」みたいなこと言われちゃって……まあそうなんだけど、それとは別のレベルに、思想は思想としてある、みたいなこともある程度強調しないといけないなと思ったという話。仮に革命の瞬間に強く関与していなくても、変化そのものは革命のあとゆっくり続くわけで、そのときに思想が具体的な役割を持つこともあるし。

八角 その時代、読まれてたってのも重要。

しぶ 話を戻すと、リンゼイが17世紀イギリスを扱ってるのも特徴的だってことなんだけど、イェリネックっていう人がいて。

八角 あ、名前だけ知ってる。「ナントカ・ナントカ・イェリネック」でしょう。

しぶ どういうトリオなのか気になるけど……そのイェリネックも近代民主主義の原理をピューリタニズムに求めていて、そうすると「じゃあリンゼイだけじゃないじゃん!」って話になるじゃん。

八角 なる。

しぶ なんだけど、イェリニックは全然違ってて、個人の人権思想の源流がピューリタニズムにあるっていう主張しているのに対して、リンゼイは共同体的な話をしている。ここの「個人か、共同体か」って違いは重要。後でもまた言うけど、「ホッブズはダメ」って批判するときにも、「個人が原子論的だからダメ」って話になる。

八角 「近代◯◯の源流」みたいなシリーズできそうだね。それだけで1つ話ができる。

しぶ そうだと思う。そういうことやってたウェーバー(1864〜1920)とか、トレルチ(1865〜1923)とか、みんな同時代じゃん。リンゼイ(1879〜1952)がウェーバーから15歳くらい若いぐらいで、ほぼ同時代。「近代◯◯の源流」っていう発想自体がその時代の関心なんだろうね。

八角 やっぱりそこをやりたいな、そこ興味あるわ。 日本は近代がないみたいな話よくあるけどさ、「うん、で、その近代って何なの?」っていう説明が意外とできないから。この辺りから行くといいかもしれない。



2 同意ではなく、討論だ!(民主主義の条件を探る)

しぶ 次、2点目。リンゼイはこの本で、民主主義を近代に固有な非政治的共同社会の生活様式と捉えて、その条件を追求している。これがまず特徴。

八角 うん……? 近代に固有の「非」政治的共同社会の生活様式? 民主主義なのに非政治的なの?

しぶ リンゼイ的には、民主主義そのものは必ずしも政治的じゃない。民主主義は制度っていうより、生活様式として捉えられてる。the way of life だったかな。3点目に関わるからそこでまた詳しく説明するけど。

八角 うん。

しぶ この2点目の段階で大事なのは、リンゼイが「同意」ではなく「討論」を重視したこと。討論が民主主義の条件であると。これは結構強い主張で、重要なところ。「同意」、つまりみんなの意見が一致するみたいなのは結果としてはあるかもしれないけど、条件ではなくて、むしろ討論がなされるのが大事。そしてそれはある時代のピューリタンの集会に見られるものであって、それこそが民主主義を成立させる源流なんだという話になる。

八角 なるほどね。

しぶ だからホッブズが源流じゃないって話にも繋がる。ホッブズだともっとノッペリ、みんな同じっていう感じだから。

八角 ホッブズは制度が先にある感じだからな。あんまり人間を前提としてない。

しぶ そうね。そもそも民主主義はよく古代ギリシャに遡って説明されるわけだけど、古代だと、「一人で治めるのかみんなで治めるのか」みたいに形式だけで区別するというより、「形式的に独裁でも、良い独裁と悪い独裁がある」みたいに、形式とは別の基準も加味するのが普通だった。ホッブズは、むしろ出来る限り形式だけで突き進もうとしている。人間を前提としない、制度が先にある、というのはまさにそう。制度の正当化、と捉える方がいいのかも。

八角 「万人の万人に対する闘争」だよね、ホッブズ。

しぶ そうそう。闘争してるとまずいので、国家に権利を渡すことで、国家にまとめてもらうようにします、みたいな。

八角 なんかおかしいよね。

しぶ あれは、権力が本当は国家のものじゃないっていうロジックを作るために言ってるから、そこが忘れられるとあんまり意味がない。国家がこっちの権利を奪っている状態が基本状態なのではなくて、それは「元々はバラバラだったのが生きるために社会を作ったんですよ」っていうロジック。それ以前は、契約という発想があるとしても、上で支配する側と支配される側との服従契約でしかなかった。それに対してホッブズとかは、そもそも最初に同じ状態にある人間同士が契約したというストーリーを作った。

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