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ちいさな、ちいさな、みじかいお話。

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2017年5月の記事一覧

『短編小説』第2回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第2回 少なくとも俺はそのとき /全17回

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「ねえ、どうでもいいけどさ。佐伯さんって彼女とかいるの?」
車中の時間が俺は嫌いだった。どうでもいいんなら聞かなきゃいい、そう思いつつもそうは聞けない。女が主役の職場は、まず間違いなく女が権力を持っている。男社会とはよく言ったもんだ。大多数が男から成り立っているから成立しているだけで、形勢はこんなにも簡単に逆転する。きっと男という性はその昔、自分の場所が欲しかったに違いない。だからこそ家

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『短編小説』第1回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第1回 少なくとも俺はそのとき /全17回

 暗がりの中で派手な音楽が流れていた。クラブミュージック?と男は思ったが、その男はクラブミュージックがどんなものなのかなんて知らない。〝クラブミュージック〟という分類にただ分けられる音楽があるのか、それとも〝クラブミュージック〟というジャンルがあるのか、それだってはっきりしないのだ。ただ男にとってそれは派手に値する音楽だった。耳障りだ、と思いつつもどこか体の芯から温めるような音楽。……どうであれ、

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『短編小説』最終回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日の日常。 /全4回

『短編小説』最終回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日の日常。 /全4回

 そう、彼女との思い出はただそれだけだった。
 ただの一回、そのようにして昼食を摂っただけだ。そしてそれから数日後の今日、つまり今。それらは全く同じようなシチュエーションで三枝千奈美は俺に声を掛けた。
「ねえ、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。サエグサチナミだろ?」と俺は言って、彼女は「よく覚えてんじゃん」と少し嬉しそうな顔をした。それから「ねえ、授業って本当につまらない。何か、楽しいことがしたい

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『短編小説』第3回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日と日常。 /全4回

『短編小説』第3回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日と日常。 /全4回

「ねえ、お昼まだ?」
彼女の声は、僕が心地いいとする声域より少し高く思えた。そしてそれは、不快感を抱くには十分だった。
「は?昼?」
「だから、お昼ご飯」
と少し高いその声が、耳に付く。わざわざ答える必要もないように思えたけど、「まだだ」と俺は答えた。
 考えてみれば、この時俺は少し機嫌がよかったのかもしれない。そうでなければ、わざわざ「まだだ」などと答えたりはしないのではないかと思う。おそらく無

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『短編小説』第2回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日と日常。 /全4回

『短編小説』第2回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日と日常。 /全4回

 今から少し前に、やっぱり彼女が僕に声を掛けたのだった。講義の途中、きっと彼女にしてみれば講義に飽きたその頃に、たまたまそこに俺がいたというだけのことなんじゃないかと思う。
「サエグサチナミって言うの」
と言ってから、〝三枝千奈美〟と俺のノートの端に書いた。その文字はあからさまな丸文字で、俺は少しの嫌悪感を覚えた。これが線の細い明朝体であったら、俺はそれを「端に書いた落書き」や「ノートに付いたシミ

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『短編小説』第1回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日と日常。 /全4回

『短編小説』第1回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日と日常。 /全4回

 僕は今、三枝千奈美という女と対峙している訳なのだ。

 元々は彼女が俺に声を掛けてきたのであって、俺が誘った訳ではない。だから俺は心の中で無意識に〝受身〟という態勢を取っているのだけど、彼女は随分と積極的で、俺はそれに抗おうとしている。
 それなのに彼女は俺にとってあまりにも積極的でいて、強く自己を表現した。
 もちろん、俺には彼女がどういった思惑を持って声を掛けてきたのか分からなかったし、今何

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