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「オケバトル!」 19. みんなの独白ルーム


19. みんなの独白ルーム



 アール・ヌーヴォー調の唐草模様がうっすら浮き上がる落ち着いたアイボリーの壁、座り心地の良さそうなツイード地のグレイのソファ、その後方には大ぶりの観葉植物がカメラの背景にほどよく映るアングルで置かれている。窓はなくとも顔色が映える明るめの照明、室内にほんのり漂うアロマの香り。
 リラックスして心の内を語れるカウンセリングルームのような、心地よい空間が演出されている。
 これでサイドテーブルに可憐な花の一輪挿しでも置かれていれば、更にしゃれた雰囲気になるのであろうが、独白の勢い余って怒りにまかせて花瓶を壁に投げつけるような事態を避けるため、小物類は置かれていない。
 かつての番組においては、脱落覚悟の上で固定カメラを破壊したバトル参加者もいたので、今では撮影機器は壁に埋め込まれ、操作もオート化。いつ何時、誰でも気軽に入室できるよう、普段、入口のドアは開け放たれており、独白者が入室してドアを閉めると自動的に録画が開始され、出て行くと停止する仕組みとなっている。

 審査員との話の流れで、自身の過去における指揮の経験について語ることになっている有出絃人は、約束をまだ果たしておらず、幾人かのおしゃべり好きや主張したがり屋、脱落者の別れの挨拶、あるいは捨て台詞など、二日目の段階での収録模様はざっとこんな具合である。


「〈ウィリアム・テル序曲〉といったら、なんたって『ローン・レンジャー』ですよ。白い帽子に黒マスクの主人公が、白馬の愛馬に乗って『ハイヨー、シルバー!』って」
 年配のホルン男性がそこまで語ると、ソファの背後から身を乗り出して見物していたトロンボーン奏者が「ローレンローレンローレン♪」と低い声で歌ってみせる。
「そう、ローレン……、って違うでしょ! それは『ローハイド』ですよ」
「クリント・イーストウッドがやたら若すぎて、やたらかっこ良かったやつですね」
「イーストウッドって、男でもほれぼれしますよね。歳を重ねてもやたら渋いし」
 もう一人のホルン仲間も話に加わる。TV版の「ローン・レンジャー」も「ローハイド」も知らない世代で、半世紀以上も前の放送時には生まれてもいなかった。
「『ローン・レンジャー』の、あの血湧き肉躍る感覚は、なんたって《ウィリアム・テル》のテーマなしには語れない」
 と、話を独白のテーマに戻す最初のホルン奏者。
「だけど知らないよね? 誰も」
「ディズニーがリメイクしてますよ。美形のアーミー・ハマーと奇怪なジョニー・デップの共演で」
「え? そうなの?」
 ちょっと嬉しそうな先輩に、若手ホルンが説明を続ける。
「だけど、悪漢が列車もろとも沈んでいく破壊的なシーンでも《ウィリアム・テル》が華々しく流れ続けてて、なんか違和感がありましたね。せめてそこだけでも曲調を一瞬、スローにして短調に変えるとか、『悪人の末路は悲惨なんだよ』ってな演出して欲しかった」
「正義の音楽だからこそ、ヒーローのカッコ良さが際立つものですしね」
 と、トロンボーンさんも同意し、年配ホルン奏者は憧れのため息をつく。
「そう。正義の音楽。Aチームが『貴公子団』なら、Bは『レンジャー部隊』が、いいなあ!」



「シリーズ物のSFドラマを観てると、未知の惑星なんかに降り立った時とか、なじみのない出演者がレギュラー陣と一緒に登場すると、『あー、かわいそうに、この人。真っ先に死んじゃうよ』ってすぐに分かるものでしょう?
 異星人に急襲されたり、時空の裂け目に吸い込まれたり。で、名もない端役が死んで、ようやくレギュラーのメンバーは危険を察知するわけですよ。
『今回の任務を終えたら地球に帰れるんだ』とか余計に哀れみを誘うセリフが少しでもあったり、『おい、ジョージ、例の彼女に告白したのかい?』なんて具合に、一度でも誰かに呼びかけられて名前が出れば、まだいいほう。たいていはセリフも名前もナシのまま、ただの無駄死になんだから。
『艦長、危ない!』とか言って自らが盾になって誰かを救うのなら、名誉の死なんだろうけどね。それでもドラマの流れでは、そんな命がけの犠牲もそのまま永遠に忘れ去られ、宇宙葬すらしてもらえないんだから。
 まあ、SFだけじゃなくて、冒険シリーズや捜査機関もののサスペンスなんかでも、出だしで名もなき犠牲者が出て事件勃発、それからオープニングテーマが流れるパターンが定番だものね。
 この『オケバトル』でも、二曲目にして僕で四人目のいけにえが出されたわけだけど、三人目の阿立さんや初日で消えた鶴川さんや豊田さんみたいに、コンマスやセカンドの首席をやったり、ちらりとでもソロがあったりすれば、そしてそれが番組で流されたりすれば、このバトルに参加した記念にもなるんだろうけど、トゥッティで......、あ、全合奏のことですよ、みんな一緒に弾いてるうちの『弦楽器の誰かさん』といった、僕みたいな存在って、哀しいよね。
 せめてこの独白だけでも放送してもらえたらなあ。あ、でも名前は言わないよ。だって僕は、『名もなきギセイ者』なんだからね」

 そこまで語り、彼は楽器ケースからヴィオラを取り出し、さっと調弦した後、哀愁に満ちたテーマを奏でて別れの挨拶とした。シューベルトの〈アルペジョーネ・ソナタ〉の一節を。



「あのバカ双子の片割れのオーボエ、何とかしてよね」
「本番前にブヒブヒ言って仲間を笑わせるなんて、信じらんない!」
「そのせいで負けたんだから」
「あなたが頭叩いて、ようやく黙ったのよね」
「マジでAチームの回し者なんじゃない?」
「弦からばかり、もう六人も落とされて。管からだって落としちゃえばいいの。とにかく、あのオーボエにはいなくなって欲しいんです」
 と、ブーブー口を揃えるのは、Bチームの弦楽器女子の二人。



「Bチームの皆さん、温かく支えてくださって本当にありがとう。おかげですっごく貴重な体験ができました。みんな素晴らしかったですよ! きっと勝利できるよう応援してますからね。ぼくも頑張ってヴァイオリン続けていきます。ありがとうございました」

 言うまでもない、山寺充希である。そうそう、どうしても。と、もうひと言つけ足す。

「《軽騎兵》のスタンディング、鳥肌が立つほど感動しました。あんなに崇高な瞬間なんて、生まれてこの方、本当に初めてだったし、今後もあるかどうか……。それだけでも、バトルに参加した甲斐がありました。もう、最高!」



「バトル参加者には『いかなる破壊工作も禁じます!』なんて言ってたくせに、本番で楽譜の貼りつけなんて罠を仕掛けるなんて、音楽への大冒涜ですよ」
「どうせバレる下手な小細工なんかしないで、純粋に演奏に、音楽のみに専念させてくれないですかねえ」
「あり得ない卑劣な行為。テレビで放映されて、巷でもマネする輩が現れたらどうすんですか」

 これらは「楽譜貼り付け陰謀」への抗議声明の一部であり、Bチームにも同様の罠が仕掛けられたことは、ほどなくしてAチームにも伝わり、犯行が番組側によるものと皆が気づいた時点で、両チームの有志が怒りにまかせて行動を起こしたもの。
 制作側は、もちろんこうした抗議映像は番組では流さない。誰かが仕掛けた悪質ないたずらに各チームがどう反応し、的確に対処するか? といったことに焦点を合わせ、制作側の卑劣な印象は一切伝わらないよう、巧みに編集する周到な計画がディレクターによりなされるのだ。
 制作総指揮でもある長岡幹氏が、そうした仕掛けを悟って猛反対したことを受け、事態をなおさら慎重に扱う必要も生じていた。



「オケの封建制度って、なんか嫌らしいと思いません?」
「プロオケの場合、管楽器の首席は永遠に首席に居座り続けて、二番手は首席が辞めるか死ぬかしない限り、永遠に二番手のままだものね」

 と、文句を言うのは、Bチームのヴァイオリンとファゴットのルームメイトどうし。

「ヴァイオリンの弦が切れたら、まあ、コンマスだったら隣から奪ったっていいでしょうけれど、交換もそこまでにしといて、後は各自、自分の責任で、さっとスマートに裏に引っ込んで弦を張り直してくればいいのに。なんでみんなでいちいち楽器のリレーをしなきゃならないのかしら。自分の楽器を他人に渡して、他人の楽器を弾く羽目に大勢がさらされるなんて、変だし嫌だと思いません?」
「今回の楽譜リレーも、似たようなもの?」
「そう。それが言いたかったの。楽譜の予備なんて袖には置いてないんですよ! つまり最後のプルトの楽譜がなくなっちゃうって知った上での、前方からの強奪だったわけですよ。前の方がお偉いさんだから、当然、楽器も楽譜もよこせって、あまりに封建的な風潮ですよね。ぶーぶー」
「じゃあ、あなたが1プルト目になったら、同じことする?」
「もちろん。仕返ししなきゃ。そう言うあなたは、ひとたび首席になったら譲らない?」
「当たり前でしょ。誰が譲ってやるもんですか」

 そこで二人は顔を見合わせた。
「……この録画、もう消せないんだよね」



「聞けば、Bチームはアシスタント・コンマスの機転で、楽譜のリレーが迅速に行われたそうじゃないですか。
 有出さんが、演出と言い切ってかばってくださったものの、私の自信のなさのせいで踊らなくてもいい踊りを繰り広げる羽目になってしまって……。そりゃあ有出さんのダンスは素晴らしかったでしょうけれど、これでうちのチームが負けたりしたら、それは間違いなく臆病者の私のせいだから、私が脱落ということで。有出さん、Aチームの皆さん、本当にごめんなさい」

 涙ぐみながら沈んだ調子で語るのは、桜井さくら。
 せっかくの可愛らしいダンスのイメージは、残念ながらこれで帳消し。せめて最後にひと言、何かしら明るい調子で語って欲しいものだと番組スタッフは惜しがったが、悲劇のヒロインに浸る参加者がいるのも、番組としては面白くなるので追加撮影の依頼はしないことにする。

 そして夜のうちに既に荷物をまとめてバトルから降りる覚悟を決めていた彼女が、翌早朝の結果発表を受けて、ひっそりとバトルの館を立ち去る哀愁の後ろ姿と、昨夜の舞台の可憐なダンスをオーバーラップさせた上で、独白の言葉を重ねる映像は、実に効果的な演出になること間違いナシなのだ。




20.「拒絶男と水の妖魔」に続く...

★ ★ ★ 今回の脱落者 ★ ★ ★

桜井さくら AチームViolin  脱落免除を自ら辞退







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