ヤナイユキコ

ワインとビールと珈琲を愛するフードライター。ヤナイユキコ名義で文章や小説を書いたり、料…

ヤナイユキコ

ワインとビールと珈琲を愛するフードライター。ヤナイユキコ名義で文章や小説を書いたり、料理レシピ制作をしています。どうしたらおいしくお酒を飲めるかを考えるのが趣味。三男一女の母であり「mg.」というZINEの制作メンバーでもあります。先天性心疾患や発達障害に少々通じています。

マガジン

  • しりとり手帖

    • 23本

    しりとりをしながら、最後の音節で始まる言葉をテーマにした何かを担当メンバーが発信します。

  • 綾子と達也のはなし

    綾子と達也という二人の男女の物語をベースに毎回ひとつの食べ物をめぐって展開する連作短編小説を書いていきます。

最近の記事

綾子と達也のはなし④|泣き顔にケンタッキー

「ただいまー」 達也のほっとした声が消え入ってしまいそうに、玄関の扉を開けると部屋は真っ暗だった。この日二時間近く残業をした達也だったが、先の連絡によれば、綾子はすでに帰宅しているはずだった。廊下の明かりをつける。視線を下にやると綾子が今朝履いていたローヒールがそこにあった。突き当たりに目を凝せば、キッチンとリビングを隔てるドアの磨りガラスから色をもった光がちらちら動いているのが見てとれた。 「綾子さん?」 何も引け目を感じることはないのだが、どこか遠慮がちに達也はリビ

    • ビニール傘 担当:ヤナイユキコ

      時が経ちすぎたのもあって、 未だにあれは現実に起きたことなのか、 それとも妄想の類いだったのか、 曖昧な記憶がある。 私ひとりでは到底入る機会もない、 仄暗いラウンジバーだった。 鼈甲色にぼんやり灯る照明は、 近距離でしか表情が読み取れないほどに心許ない。 あまり周囲に顔を見られたくない人たちにとっては都合のいい明るさなのだろう。 お忍び向き、ひと言で言えば、そんな店だった。 好きになるのは初めて会った時に すでに決まっている気がするのだ。 名刺を渡したその時、 声を聞

      • 綾子と達也のはなし③|ふたりで餃子

        「達也くんっていつも、餃子に何つけて食べてる?」 キャベツをフードプロセッサーにかけている達也に玉ねぎを渡しながら綾子は問いかけた。 「餃子のたねに玉ねぎも入れるんですか?」 「うん。玉ねぎを入れると化学調味料に頼らなくても甘味が旨味になる」 「へぇ、そうなんですね。おいしそう」 達也は細かくなったキャベツをヘラでこそげ取り、大きなボウルへ移す。そうして空になったフードプロセッサーに、先ほど綾子がざっくり切り分けた玉ねぎを投入した。 「餃子に何をつけて食べるかって

        • 生まれ変わったら。

          生まれ変わったら男になりたい。 自分自身が男性から裏切られたり、 友人から嫌な男の話を聞くうちにそう思うようになった。 でもこれは、私が私のまま男になったら、 女性をうーーーーんと幸せにしてあげられるのに、という話。何して欲しいがわかるから。 顔面も男顔だからこのままで、性別だけ変えてくれたらな。 と、ここまで書いて、私は生まれ変わっても、 幸せにしてあげたい側なんだなと気づく。 幸せにしてもらう、そうしたら、何か返さなきゃいけない。 もらってばかりでは、愛想を尽かされて

        綾子と達也のはなし④|泣き顔にケンタッキー

        マガジン

        • しりとり手帖
          23本
        • 綾子と達也のはなし
          2本

        記事

          また吸いたいと思うその日まで

          10年くらい、たばこを吸っていた。 初めて買ったのは、好きな人が吸っていた金色のマールボロだった。彼の影を追って。 そのくらいの気持ちで手を出し、 子どもが出来たことを機にやめた。 母体であるわたしが喫煙者だったから、 だからその子どもが喘息持ちなのかも、 アレルギーがあるのかも、 自閉症なのかも、 心臓病があるのかも。 と、自分を責め出すとキリがない。 どうしてそうなったかなんて一生解き明かせないのにどうしたって原因を考えてしまうから、身体に悪いとされてることは最初か

          また吸いたいと思うその日まで

          BEER(ビール) 担当:ヤナイユキコ

          AM11:15 「セットのお飲み物はいかがなさいますか?」 来た、この時が。 ケイコは滑らかにそれがいつものように 「グラスビールで」 と、言った。ついに言った。 「グラスビールですね、かしこまりました」 主婦であろう女が、意外だと思われただろうか。 店員の表情が気になりそちらを向くと、バチッと目が合い、微笑み返された。 ケイコもマスクの下で笑みをつくり、心の中で呟く。「今日は歩きで来ました、飲酒運転はしません」 朝夕週5日通りかかる、フレッシュネスバーガーの入

          BEER(ビール) 担当:ヤナイユキコ

          綾子と達也のはなし②|タモリと克実と市販ルウ

          「綾子さんのつくるカレーは、どうしていつもチキンカレーなんですか?」 達也はキッチンに立つ綾子の背中に向かって話しかける。綾子は切った鶏肉に塩を振っているようだ。 「ん? タモリさんがカレーはチキンに限るって」 料理を始めた頃、いや、もっと前から、綾子はタモリの料理に絶大な信頼を置いていた。子どもの頃テレビ番組で見た、熟れた手さばきや腕前を目の当たりにし、出演者が「タモさんの料理はうまい!」と絶賛していた記憶が焼き付いているのだろう、と思う。三歳年下の達也は今や伝説の「

          綾子と達也のはなし②|タモリと克実と市販ルウ

          ひとりごと|通る人が変わればころっと好きになる

          最近立て続けに、文章のもつ力に沁み入った。 一つは、私も制作に関わっている「mg.」というZINEの最新号「さつまいもをめぐる」にゲスト寄稿してくれた、シモダヨウヘイさんのエッセイだ。 シモダさんは文筆家であり、 福岡にあるブックバー「ひつじが」の店主であり、 かなりの焼酎通である(きっとお酒全般お詳しい)。 そんなシモダさんが「mg.」のために、 芋焼酎のエッセイを寄稿してくれたのだ。 これが、やわらかく心に響く、読んだら飲みたくなる文章で、 好きを押しつけないシモダ

          ひとりごと|通る人が変わればころっと好きになる

          三歳で自閉症と診断された次男が1年半でIQ64→IQ86に上がった記録②

          「このままじゃ一家心中するぞォ!!!」 これ一語一句そのまま、次男の三歳児健診で浴びせられた小児科医の名(迷)言である。 このとき次男は三歳三ヶ月。 まだ人間の姿をした宇宙人で、 話は通じないし、発話はほぼゼロ、3秒と座っていられない明らかな多動だった。 三歳児健診と言えば、視力に聴力、簡単な受け答え(「今日はどうやってここまで来たの?」や「今日お父さんはどこにいるの?」などに答えさせる)、積み木で何かつくらせる等、発達の経過を見られ、身長、体重、頭囲を測り、栄養相談、

          三歳で自閉症と診断された次男が1年半でIQ64→IQ86に上がった記録②

          三歳で自閉症と診断された次男が1年半でIQ64→IQ86に上がった記録①

          「子どもが4人います!」というと、 単純に驚かれることもあれば、「どうして!?」という理解しがたさを隠しきれない反応をいただくときもあります(笑) そうですよね、手もお金もかかるし、私だってその気持ちわかります。 なのでこれまで、自分の子育てについて、踏み込んだ文章を書いてきませんでした。だって「うわー……大変そう……」って若干、いやだいぶ引かれる様子がすでに目に浮かぶのですよ。 簡単にうちの子4人を紹介するとこんな感じです。年齢はきれいに2歳ずつ違います。 ●長男(小

          三歳で自閉症と診断された次男が1年半でIQ64→IQ86に上がった記録①

          綾子と達也のはなし①|恋は焼きいもから

          「綾子(あやこ)さんって、いつもおいしそうな食べ方しますよね」 向かいに座っている達也(たつや)が、今まさに焼きいものひと口目を頬張ろうとする綾子をじっと見つめ、そう言った。すでに勢いがついた綾子の口元はブレーキが効かず、返答するよりも先に、今にも蜜が溢れ出しそうな焼きいもにかぶりついた。とろけるような果肉を口いっぱいに味わいながら「そうかなあ?」と、もごもご答える。一方頭の中は「甘い、濃ゆい、うまい」という焼きいもを賞賛する声が鳴り止まない。視線も達也ではなく、湯気立つ焼

          綾子と達也のはなし①|恋は焼きいもから

          連作短編に挑戦します!

          こんにちは! フードライターのヤナイユキコです。 制作に携わるZINE「mg.」の最新号「さつまいもをめぐる」が先日文学フリマ東京37で初出しとなり、その中で「恋は焼きいもから」という短編小説を寄稿しました。素敵な扉イラストはイラストレーターの五嶋奈津美さんによるものです。 焼きいもをテーマに書いた3000字ほどのお話なのですが、フードライターらしく、純粋においしそうだなぁと感じる表現や視点、食べることへの熱量を、綾子と達也という二人の男女にのせました。 二人を通した話

          連作短編に挑戦します!

          大学芋 担当:ヤナイユキコ

          今年獲れたばかりの 洗い立てのように色鮮やかなさつまいも。 新物だから、まだ甘味は薄いよう。 それならば少し手間はかかるけど、 艶々の甘い蜜を絡めた「大学芋」にしよう。 おいしく食べられるのが一番。 私もあなたも。 さつまいもを洗う。 手のひらで擦るだけで、 削れていってしまうほどに儚い皮。 柔らかそうだし、皮付きのまま使おう。 切り方は迷いなく、 カリッと仕上がる、角の多い乱切りに。 何角形とも言えない姿になった、 素肌のままのさつまいも。 瑞々しい断面から 乳白色のあ

          大学芋 担当:ヤナイユキコ

          「mg.」vol.1掲載「保留コーヒーは誰の手に」あとがき その1

          毎号ひとつの食べ物をテーマに思いをめぐらせるZINE「mg.(えむじー)」。私はテーマの食べ物が話のポイントになるような小説を創刊号から書いています。 「mg.」の記念すべき創刊号のテーマは 「珈琲」でした。 編プロを退職後、フリーで細々ライターの仕事をしながら、5歳、3歳、1歳の3人の子育て真っ只中の頃です。 編集長のかわかみ氏が「一緒に本をつくらない?」と、声をかけてくれました。 メンバーは同じ文学部の友人でもちろん話したこともあるけど、私は不真面目な大学生だったし

          「mg.」vol.1掲載「保留コーヒーは誰の手に」あとがき その1

          ウスターソース 担当:ヤナイユキコ

          「あなたの代わりはいないよ」 そう微笑みかける余裕こそないが、そんな気持ちで私はウスターソースを手に取った。 しりとり手帖、3回目を担当します、ヤナイユキコです。肩書きはフードライターですが、育児や生活にまつわる文章を書いたり、料理レシピの制作をしています。小説も書きます。 しりとり→リカバリ→竜宮城→と回ってきたので、私はう、う、う…ウスターソース!!! 今回は私のウスターソース愛について。 冷蔵庫を開ければ、中濃もとんかつもお好み焼きソースもある。でも、サラッと

          ウスターソース 担当:ヤナイユキコ

          「mg.」vol.2掲載「カレーはすれ違う」あとがき

          毎号ひとつの食べ物をテーマに思いをめぐらせるZINE「mg.(えむじー)」。私はテーマの食べ物が話のポイントになるような小説を創刊号から書いています。 ---------- 私にとって母は 好きだけど嫌いな人です。 私にも娘がいますが、 娘にそんなふうに思われていたら辛いなー、 生き方改めようかな、思うけど、 うちの母は実の娘にそんなふうに思われてるなんて微塵も気づいてないはずで、 私も見せていない。 そして、命がけで産んでくれたのに、ここまで育ててくれたのに、そんなふう

          「mg.」vol.2掲載「カレーはすれ違う」あとがき