スモークチーズ

記憶のスイッチ

 昔よく行っていたレストランが閉店するというハガキをもらった。野菜の本来の味を活かす料理を提供してくれるお店で、素材となる無農薬のおいしい野菜はシェフの要望に応えて弟さんが作っているという徹底ぶりだ。前から友達をそのお店に連れていく約束をしていたので、閉店前に行っておかねばと思った。予約の電話をすると、もういつものメニューはやってなくてお任せで出すことしかできないがよいかと聞かれ、そういえばよく行ってた頃も薦められるままに食べていたなと思い出した。

 当日、お店に入ると席にオードブル盛り合わせがすでに用意されていて、まずはビールでそれをいただいた。お肉がゴロゴロ入ったテリーヌや自家製の白ハムを口に運ぶと、昔食べたときの味を思い出した。おせち料理をお願いしたことも何度かあったので、重箱に入っていたあの味だ!と一気に年末年始の空気の中に放り込まれた。そういえば、あの年末には急にテレビが映らなくなって夫が買いに走ったりしたっけ?なんてことまで一瞬にして思い出したのだ。もう25年くらい前のことなのにだ。何十年も経った今でも同じ味が提供され、食べることでその時の記憶が呼び起こされるというのはダイナミックですごいことだなと思った。スモークチーズもこれまた自家製なのだが、側のスモーク加減と中のミルクっぽいチーズのバランスが絶妙でおいしい。市販品のスモークチーズを買うときもなるべくこの味に近いものが買いたくて探しているのだが中々当たらない。このチーズには、まだ幼児だった娘がおいしいと言って食べるので、よしとばかりに色々な本格的なチーズを食べさせて、結果、お母さんが出すチーズは苦いと言われるというエピソードが付いている。一皿のオードブルなのに一品一品にそれぞれストーリーが紐付いていて盛りだくさんだった。

 スープはビーツの赤が美しい根菜がごろごろ入ったスープだった。これは初めて食べた味だった。スープは澄んでいて雑味がないのに、野菜はそれぞれ野菜の濃い味がする。うまい。そして、メインにアイスバインとソーセージの盛り合わせ。アイスバインは大きいので夫と2人で来たのでは出てこないメニューだったので、最後に食べられたのは嬉しい。

 ソーセージの盛り合わせにはこの店のご自慢のポテトサラダとザワークラウトが添えられていた。じゃがいもの味がしっかりとしたポテトサラダは、それまで野菜の出来による違いなどあまり考えていなかった私がおいしい野菜を探求するきっかけになった。昨年からレンタル畑で野菜づくりをはじめたのも元をたどればこのお店でいただいたおいしい料理に起因する。そして、特に印象的なのがザワークラウト。ドイツのザワークラウトと少し違ってちょっと生っぽくて葉っぱらしさを残してて甘酸っぱい。フレッシュな感じのぶどうの風味がのこるワインととても合う。

 最後にチーズケーキとコーヒーが出ておしまい。連れて行った友達はこのチーズケーキがとても気に入ったらしく、閉店までにもう一度来たいと言っていた。コーヒーのおかわりをお願いしたらサーバーごと出てきたのも、気安い感じがまた嬉しい。それにしても、味がしまいこんでいた記憶を引き出すためのスイッチになるのは面白い体験だった。閉店してしまうと今後こうしてこの味から何かを思い出すこともないのだなと思うととても寂しくなってしまったので、今の気持ちを記しておく。

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戸田幸子

仕事は編集、イラスト、ライティング、パンフレットなどのデザイン、夫とだ勝之の漫画の編集など。パソコン雑誌『MACLIFE』OB。 生まれは広島。立体視、だまし絵、発達障害、科学技術、カープ、食べ物、酒、野菜、漫画、アニメーションなどに興味があります。
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