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てのひらに乗せたマッチ箱

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主に掌編小説を集めました
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漠たる不安の家

漠たる不安の家

 夫は女を作っては、会社をつぶす。もう二つ目だ。この家は、私名義になっているので、担保に取られないで済んでいる。調度品も私の好きな物で統一されていて、自分では気に入っている。夫の物は、夫の部屋にすべておさまっている。私の普段いることの多いリビングなどに、彼の存在を示すものは無いのだ。

 私には長男、長女で二人子供がいる。どちらも、もう十分な大人になった。良く育ってくれたと思う。二人とも、都心部に

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紅白の雫

紅白の雫

紅白の雫(一)
 埃っぽい街で私は一人で歩いていた。すれ違う人々のカラフルな服装と甲高い笑い声がまるで南国の鳥のようで、静かに様子を楽しみながら冬空の下で私は白いため息をついた。今年はそれでも、暖かい。私は近所のスーパーで購入した安物の洋服に口紅だけをつけた顔に少し幼児体型の身体を持てあましながら、自分自身の姿のみすぼらしさに、背中を心持ち曲げる。余計に年を取った気分だ。そうなのだ、最近になって、

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掌編小説「水と油」

掌編小説「水と油」

「モモ、あそこ見て、もしかしてウグイスじゃないかな」
百枝は10歳年下の修二の声を耳元で聴きながら、このいい声がこの男の最高の魅力だと女達が認めていることを理解した。
「あれはメジロだと思うよ」と、百枝はそっけなく訂正してみせた。
修二はおだやかに、
「実は嘘をつきました。ごめんなさい」と言って笑った。
「謝る気なんてないくせに」と百枝も笑った。
二人はバードウオッチングの趣味が元で公園で出逢った

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