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書評 #15|ユートロニカのこちら側

 スマートフォンから離れると、不便さと同時に解放された感覚を覚える。世界中の人々をつなぐ糸。止めどなく押し寄せる情報の波。人はスマートフォンを操作するのではなく、スマートフォンと同化した。データ化された人格。データ化は均一化を生み、個性の喪失へとつながる。

 小川哲の『ユートロニカのこちら側』を読みながら、ジョージ・オーウェルの『1984年』、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』、『ガタカ』や『マイノリティ・リポート』といった作品が頭に浮かぶ。細部の記憶はあやふやだ。しかし、人知を超越した「大きな力」によって人類が抑圧される記憶が脳裏を伝う。『ユートロニカのこちら側』もこれらの作品の系譜を継ぐ。

 本作の特徴は善悪といった分かりやすい対立を持ち込みながらも、技術発展とロボット化される人類のスパイラルを言語化している点だ。

「人間は、不自由からの解放という形でしか自由を認識できない。不自由がなくなれば、自由もなくなる。完全に欲求が満たされれば欲求は存在しなくなる。意識がなくなれば、無意識もなくなる」

 自由と不自由の相関性。人は望むべくして、自由という名の不自由、不自由という名の自由を手に入れた。「あちら側」の境でもがく人間たちの物語がここにある。

 洗練された文体。そこにはひんやりとした気配が漂う。機械的な作品であるため、複数の登場人物たちが細切れに描かれる物語に人肌を感じたかったと個人的には思う。

 「エレクトロニカ」など、「トロニカ」の言葉を僕は電子化と捉える。過去のユートピアやディストピア作品も根底には極度の電子化に代表される技術発展が根底にあった。「永遠の静寂」と評される「ユートロニカ」。言葉遊びだが、それを“YouTronica”(自我の電子化)と解釈すると腑に落ちる。


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