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書評 #46|天上の葦

 太田愛の『天上の葦』は読者を掴んで離さない。処女作の『犯罪者』に匹敵する引力だ。渋谷のスクランブル交差点で空を指差して絶命した正光秀雄。九十六歳の指の先には何があったのか。奇想天外な起点から物語は幕を開ける。

 鑓水、修司、相馬の三位一体は健在。三人が本著で立ち向かうのは国家だ。その急先鋒である公安警察との手に汗握る攻防戦は読み応え十分。散りばめられた伏線。リスクや危険の種がはびこる中を三人は駆け抜けていく。そのスリル。そのスピード感。それは真夜中から朝にかけて街をスーパーカーで疾走するかのよう。

 白み始める世界のように、明らかとなる事件の全貌。キーワード、キーパーソンである「白狐」を探し求める旅。最終的には行き着くとわかっていながらも、その一挙手一投足から眼が離せない。臨場感にあふれた舞台設定ではあるが、若干の疑念が頭をよぎる。

 公安警察の姿勢に疑問を持った山波。見ず知らずの彼を、正光は後悔の念に満たされた自身の戦争体験に焚きつけられるかのようにして支援する。報道と言論の自由を死守する戦い。そのテーゼは根本的には正しい。しかし、正光と山波の関係性。それは瞬時にして同志と呼ぶにふさわしい間柄を形成するほど強力だろうか。現代において報道の自由を標榜する立住の逮捕は第二次世界大戦中の言論統制に匹敵するのだろうか。重みのあるテーマだからこそ、そのつながりには多くの見解が挟まられるだろう。

 マスメディアの衰退。勢いを上げるインターネットメディア。システムに抗う力が、システムへと変わる描写は村上龍の『愛と幻想のファシズム』を思い起こさせる。社会をも巻き込む、大きな潮流を感じさせる作品だ。


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