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濫用のおそれのある成分を含む風邪薬や咳止めには、そもそもエビデンスがあるのか?

いま日本では医薬品の過剰摂取(オーバードーズ)が問題となっています。未来のある若者が、ドラッグストアで市販薬として販売されている薬を大量摂取することで、倒れて救急搬送されたり、死亡したりしています。

2022年には1万682人がオーバードーズで救急搬送されており、10代は2年で1.5倍と急増しています。20代の患者数の多さも目立ちます。消防庁と厚生労働省の調査によると、市販薬のオーバードーズが原因と疑われる救急搬送が、ことし6月までの半年で5600件余りに上っています。

最近では、小学生2人が薬を学校に持ち込み大量摂取し、オーバードーズで病院に救急搬送されたとも報道されています。

オーバードーズによる死亡例もでてきており、一刻も早く解決すべき社会問題であることがわかります。

濫用のおそれのある医薬品として以下のようなものが指定されています。
1.エフェドリン
2.コデイン
3.ジヒドロコデイン
4.ブロモバレリル尿素
5.プソイドエフェドリン
6.メチルエフェドリン

例えば、この中でコデインは麻薬であるモルヒネの仲間です。コデインは、肝臓で代謝されてモルヒネになります。鎮痛効果はモルヒネの1/6程度ですが、強力な咳止めの作用があります。便秘、眠気などの副作用がありますし、強力な咳止めであるため、病院でも風邪のときの咳に対して処方されることはあまりなく、肺がんに伴う咳などコントロール困難な咳がある場合に処方されます。

代謝されて体内でモルヒネになる薬ですので、当然ですが、コデインには依存のリスクがあり、コカイン、ヘロイン、覚せい剤など他のさらに強い依存性のある違法薬物の使用の入り口である、ゲートウェイドラッグとなりえます。

そしてこのコデインを成分として含む咳止めが、街中のドラッグストアなどで市販薬として販売されており、その結果として残念なことにオーバードーズに使用されています。

エフェドリンは覚せい剤であるメタンフェタミンと構造が極めて似ています。そのため、エフェドリンにはメタンフェタミンほど強力ではないものの、覚せい剤のような中枢神経・交感神経の賦活作用があり、よってこちらもゲートウェイドラッグとなりえます。

そしてエフェドリンを含む風邪薬も、ドラッグストアで市販薬として販売されています。

風邪薬に風邪を「治す」効果はない

風邪はウイルス感染です。風邪薬にはウイルスの増殖を防ぐ効果はない(抗ウイルス薬と呼ばれる薬にはそのような効果はある)ので、風邪薬にはそもそも風邪を「治す」効果はありません。風邪は、風邪薬を飲んでも、飲まなくても同じように自然治癒する病気なのです。

もちろん抗菌薬は風邪には効きません。細菌の増殖を抑制する抗菌薬は、ウイルス感染である風邪には効かないのです。

つまり、風邪を治すことができる薬は存在しないのです

さらにいうと、(肺炎などを合併しない限り)風邪は死なない病気です。自然経過で4~5日ほどで自然治癒する病気です。風邪薬には、この自然治癒を早めるというエビデンスもありません。

(出典:厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き」第2版)

風邪薬の目的は症状を緩和する「対症療法」

では何のために風邪薬を飲むのでしょうか?

風邪が自然治癒するまでの間の症状を緩和するためです。つまり、風邪薬を飲むことは「対症療法」でしかなく、症状がつらくなくて、普通に食事や水分が取れ、睡眠がとれている場合には、そもそも風邪薬を飲む必要はないのです。

実は医師の多くは風邪薬(総合感冒薬)は飲みません。発熱していたらアセトアミノフェンやロキソニンなどの解熱鎮痛剤を飲み、咳がでていたらはちみつ(はちみつには咳を緩和するエビデンスがあります。一歳未満の子どもにはボツリヌス菌感染のリスクがあるのではちみつは与えないようにしましょう)や副作用の少ない咳止めを使用したりします。

濫用の恐れがある成分の、症状緩和のエビデンスは限定的、もしくは不透明

それでも少なくとも、市販の風邪薬や咳止めの、症状緩和の効果はあるのでしょ?と多くの人が思うと思います。実は、症状緩和のエビデンスすらないものが多いのです。処方薬と比べて、市販薬は昔から使われているというだけの理由で販売され続けているものも多く、有効性のエビデンスが不十分なものも多いのです。

実はアメリカのFDAも予算が不十分という理由で、市販薬のエビデンスの評価は十分に行われてきませんでした。今年の9月には、長年風邪薬として市販薬として販売されていたフェニレフリンという成分が、プラセボ(偽薬)と比べて有効性に差がないということで、「効果がない」と結論づけました。それを受けて、アメリカの大手薬局グループのCVSは、フェニレフリンを含む風邪薬を販売しないことを決めました。

濫用の恐れのある成分を、濫用の恐れのない成分に置き換えていけば、オーバードーズは防げる

風邪は自然治癒するとはいえ症状が強い人もいるので、症状緩和のための対症療法も必要な場合もあります。多くの医師がやっているように、解熱鎮痛剤などで対症療法もできますが、総合感冒薬を使用したいという人もいると思います。そのため、総合感冒薬の必要性は承知しています。

誰も風邪の症状をがまんするべきだなんてことは言っていません。症状があれば必要に応じて対症療法をするべきです。そうすることで、体力が温存できたり、ゆっくり休むことができ、生活の質が高まるだけでなく、回復にも有用な効果がある可能性は否定できません(エビデンスはありませんが)。

しかし、濫用の恐れのある成分を、濫用の恐れのない成分に置き換えることは可能なはずです。

現在、厚生労働省では薬局で販売個数制限などを通じて、オーバードーズの問題を解決しようとしているようです。しかし、複数店舗を回って、濫用の恐れのある市販薬を大量に購入することは可能ですし、大人が購入したものを転売や譲渡を通じて入手することも可能であり、実効性がどこまであるのかは疑問です。

どの薬も大量摂取すれば健康被害が出るのではないか、というご意見があることも承知しています。しかしオーバードーズの問題は、他の薬剤とは違うのです。それは、オーバードーズで使用される薬剤は大量摂取すると危険なだけでなく、それ自体に依存性があり、違法薬物へのゲートウェイドラッグであるという点です。

オーバードーズは未来のある若者たちが直面している問題です。「下流」の薬局で本人確認など進めるだけでは実効性が不十分である可能性があります。それよりも「上流」の製造販売課程で、市販の風邪薬や咳止めに含まれる濫用の恐れのある成分を、濫用のおそれのない成分への置き換えを進めていけば、より根本的に解決できると考えられます。

謝辞:今回の記事を書くにあたって、東京大学医学部の河 暎健さんに手伝って頂きました。ありがとうございました。

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