見出し画像

医療費上昇の一番の原因は「医療技術の進歩」であり、高齢化ではない

先進国の多くでは医療費が高騰しており、国の財政を圧迫していることが問題となっています。日本においても2021年度の国民医療費は45兆円と過去最高であり、医療費は我々が直面している大きな問題の一つであると言わざるをえません。

将来の国の医療費の予測モデルがどれくらい正確かに関しては議論の余地がありますが、少なくともアメリカにおける現在までの医療費高騰の原因に関しては研究されています。それらによると医療費高騰の一番の原因は「医療技術の進歩」であると考えられています。高齢化は一番の原因ではありません。

もちろん過去のデータを元に行った研究結果ですので、今後の医療費高騰の要因とは一致しないかもしれません。しかし高齢化が進めば医療費が高騰するのは「当たり前」という理解は必ずしも正しくないと考えられています。

今回の記事は2つの論文を根拠にしています。一つ目はスミス、ニューハウス、フリーランドの3名が2009年にHealth Affairs誌に書いた論文で、医療費高騰の原因の検証に関する有名な論文です。

もう一つはスタンフォード大学の医療経済学者であるヴィクター・フュークスが2012年にNew England Journal of Medicine誌(最も権威のある医学雑誌の一つです)に書いた総説です。

スミス、ニューハウス、フリーランドは1960年~2007年のアメリカの医療費の推移を見て、医療費高騰の原因を検証しました。その結果は以下の通りでした。

  • 個人の所得の上昇:29~43%

  • 医療技術の進歩:27~48%(このうち27%ポイントは技術革新と所得上昇との相互作用による)

  • 人口動態の変化(主に高齢化):7%

  • 医療保険の普及:11%

この通り、医療技術の革新が医療費増加の原因のおよそ1/4~1/2を占めるのに対して、高齢化の寄与率は7%にとどまりました。

もう一つ興味深い知見は、個人の収入のレベルが上昇すると医療の需要は上がるということです。つまり医療サービスは正常財(Normal good = 所得水準が上昇すると需要も上昇するサービスのこと)であるということです。

さらには、個人の所得上昇と医療技術の進歩の間に相互作用があるということです。後述のようにフュークスは医療技術の進歩と医療保険の普及の間に、そしてスミスらは医療技術の進歩と所得上昇との間に相互作用を認めました。

フュークスの総説によると、1950年以降のアメリカの医療費高騰の主な原因は以下の3つでした。

  • 新しい医療技術(そして医療の専門化)

  • 医療保険の普及

  • 人口の高齢化(0.1~0.2%ポイント/年)

この論文でフュークスは新しい医療技術の開発と、医療保険の普及が「正のフィードバック・ループ(”positive-feedback loop”)」の関係にあると表現しました。これはつまり、医療保険が普及したことにより医療サービスに対する需要が高まり、需要が高まったことで医療技術開発に対するニーズが高まってきたということです。

一方で、開発された医療技術は比較的高価であるため医療保険の必要性が高まり、その結果として医療保険を持っている人の割合が増えて行ったと考えられています。

高齢化の寄与率はとても小さく、0.1~0.2%ポイント/年であると推定されました。

(出典:筆者作成)

上記はアメリカのデータを用いた研究です。日本ではどうなのでしょうか?国際通貨基金(IMF)の野崎仁宏氏たちが行った、複数の国のデータを比較した研究があります。

(出典:野崎ら、2017年

1990~2010年と少し古いデータになりますが、この研究によると、多くの先進国では上記のアメリカの研究と同様に、医療費の増加率における高齢化の寄与度(上図のグレーの棒グラフ)は比較的小さいことが分かります。その一方では、日本では高齢化の寄与度が、他の先進国と比べて大きいことが分かります。

著者らはこの原因として、他の先進国と比べて、日本では高齢者の使う医療費が、非高齢者が使う医療費よりも相対的に大きいからだとしています。

例えば、日本の85歳以上の高齢者は、40歳台の人の約7倍の医療費を使っており、65~69歳の人の30倍の介護費を使っています(下図)。この比(倍率)は、他の先進国と比べて大きいとされています。

(出典:野崎ら、2017年

以上のように、医療費増加の原因として、最もエビデンスが強いのは「医療技術の進歩」であることがわかっています。他の先進国では高齢化は医療費増加にあまり寄与していないと考えられていますが、日本においては高齢化が医療費増加に寄与している可能性があります

しかしながら、上記を総合的に考えると「日本は高齢化しているので医療費が増加して当たり前である」とか、「日本は高齢化率のわりには医療費が安い」と考えるのが間違いであることが分かって頂けると思います。医療費の問題は、高齢化だけで議論できるほど単純ではないのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?