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連載《教え子~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語~》

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塾講師の沢崎と、女子中学生の玉城彩子。 二人の間に淡くてほんのり苦い関係が生まれた。 講師と生徒の間柄を乗り越えて、二人の思いは結実するのか、しないのか。 じれったいが故のほろ苦… もっと読む
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連載《教え子33~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語~》 休日出勤-2

連載《教え子33~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語~》 休日出勤-2

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 温かいものが頬に登ってきた。
 たちまち胸が弾んだ。
 心は宙に舞い上がるようだった。
 繰り返すが、とても愛おしいと思った。
 休日の校舎。
 俺と彩子以外は誰もいない。
 来る者もいない。
 普段は賑やかなのに今は二人の心臓をドキドキ打つ音しか聞こえない。
 ちょっと強めに彩子を抱き締めたら、彩子も抱き締め返してきた。
 力を緩め、腕を離し、両手で彩子の頬を包んだ。
 中指を

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連載《教え子32~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語~》 休日出勤-1

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 そろそろ新年度最初の定期テストがあと三週間でチラホラ始まるので、対策テキストを作らねばならない時期になった。
 こちとら慣れない教室長業務をしながら向かえるとなって、いよいよ猫の手も借りたい切羽詰まった状態に陥ってきた。
 この困難を乗り越えるには、物理的に時間を作り出すか、猫の手を借りるか、あるいはその両方を選択するしかない。
 俺はこの校舎を開校半年で黒字化すると塾長に宣言し

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連載《教え子31~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「彩子、バイトする」

連載《教え子31~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「彩子、バイトする」

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 入塾説明会での彩子の働きは、あっぱれ!の一言だった。彩子は保護者の気持ちに立った目線で、ウチの塾に太鼓判を押してくれたのだ。いくら教室長が声を張り上げて面倒見ると言っても、額面通りに受け取る親はいない。一本釣りで一名ずつ生徒の特性をヒアリングしてその生徒にあった指導を説明して納得をもらうのが常だったのに対し、彩子は十把一絡げで全員を入塾させた。

 4月になり、新学年がスタートし

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連載《教え子30~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「入塾説明会」

連載《教え子30~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「入塾説明会」

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新規開校校舎の内装工事が無事終わり、ウチの口コミを頼りに30組の保護者や生徒が入塾説明会に来てくれた。
このご時世で1日に30組が説明会に集まることは大変稀である。
一つの教室に入りきらないので、急遽、塾長に応援を頼んで、二手に分かれて説明会を進めることにした。
急いで準備をしなければならないが、ほかの講師陣は新年度の教材に掛かりっきりで手が放せない。
資料を想定の倍近くコピーで代

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連載《教え子29~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「高校準備講座4 最終日」

連載《教え子29~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「高校準備講座4 最終日」

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いよいよ、高校準備講座も今日が最終日となった。
思えば、去年の夏に始まった入試対策講座に始まり、高校の最初に勉強する内容の先取りを行う高校準備講座まで、途中くじけそうになる生徒も何人かいたが、講師陣の見事なチームワークで、落ちこぼれそうな子を献身的に面倒をみて、結果ひとりの落伍者もなく、ひとりの第一希望不合格者も出さず、この日を迎えることができた。

今日の最終授業は20:30から

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連載《教え子28~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「高校準備講座3」

連載《教え子28~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「高校準備講座3」

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 露骨である。
 高校準備講座の科目と担当講師が発表されると、生徒たちは人気のある講師の講座だけ申し込みに来る。
 本来、この講座の意図は、新しい学校生活に慣れ、授業に乗り遅れることの無いようしっかりと準備しておきましょうということ。
 だから、講師の人気度で講座をチョイスしてほしくないわけ。
 保護者に電話して、この講座の趣旨を説明しようとしても、
「もうすぐ高校生ですから、自分

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連載《教え子27~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「高校準備講座2」

連載《教え子27~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「高校準備講座2」

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 俺はドキドキしていた。
 彩子は一足先に俺が指示した教室へ入っていった。
 その後ろ姿を目で追うと、膝上10cmの春らしいワンピースに身を包んだ彩子の膝の裏がひらりと舞った。
 まだまだ成長過程で高校にも来月入学という年齢ではあるが、真っ白な肌の中をスースーッと横に伸びた濃いめの皺が俺の本能に火をつけた。
 濃いめの茶色。
 人間の体の中には濃いめの茶色をした部分がいくつかある。

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連載《教え子26~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「高校準備講座1」

連載《教え子26~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「高校準備講座1」

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 今年の中3に限っては、ほとんど退塾する者がおらず、最終的に20名が「高校準備講座」を申し込んだ。
 彩子もその例外ではなく、合格発表の翌日に、真っ先に、手続きを済ませに来た。

「こんにちは♪ 沢崎先生! いるー?」
 午後1時半。
 俺たちは講師陣は、高校準備講座のテキスト作りにやっきになっていた。
 それだけに職員室は、シーンとしていたため、彩子の声が一層際立って聞こえた。

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連載《教え子25~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「合格発表の日」

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 高校入試対策講座が終わった。
 この時期になると、塾では学年の呼び名が変わる。
 あと数ヶ月で新学年に進級するので、新中3、新中2、、、というように頭に“新”を付けるのだ。
 では、中学校、高校へ入学する学年はというと、やはり、新高1、新中1になる。
 経営的に、この新高1、新中1は、中学卒業と同時に退塾していく生徒たちの売上や生徒数を補う重要な学年であり、どの塾も早くから準備講

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連載《教え子24~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「高校入試対策講座 最終日」

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 毎年、この講座の最終日は身が引き締まる。
 残念ながら、最下位の公立高校へ進む学力を得られなかった生徒は厳然といる。
 そのような生徒には、併願した私立の過去問をやらせて、半ば個人指導的な方法を取っていく。
 生徒のの顔を見ると、絶望感と諦めない気持ちは半々読み取れるものだ。
 今まで手塩にかけて指導してきた生徒には何がなんでも第一志望の公立高校へ行ってほしい。
 だから、授業後

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連載《教え子23~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「彩子の考える“進学とは”を知って、『大人だな~』と感心する」

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 もう中学校では、担任の先生が生徒一人ひとりの内申書を志望校へ提出する時期に入った。
 俺はまだ、彩子の志望する霞ヶ丘高校は彩子の成績から相応しくないと思っていた。
 俺は、前回課した宿題については、採点までやってくるように躾ている。
 何故なら、お金を払って受ける授業でのんびり答え合わせなどやっていられないから。
 採点して、“合ってはいたのだが、何故○だったのか”、“何故×だっ

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連載《教え子22~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「自習」

連載《教え子22~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「自習」

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入試対策講習も半ばを過ぎると、そろそろ過去問を大問題別に分類したテキスト(当然自作)を配らねばならない。
というのも、生徒たちは中学校の定期テストを受けながら塾の講習に参加しているわけで、まだ教科書を全て学習していない。
だから、塾としては入試対策と言いつつも内申点に関わる定期テストを見過ごすわけにはいかないわけで、前半は内申点対策と言って良い。
学校にもよるが、内申点に関わる定期

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連載《教え子21~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「入試対策講習」

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高校入試対策講習は、二学期中間テストが終わってすぐに始まる。
もちろん彩子は5科目とも90点台を超える結果を残した。
「玉城さん、ちょっと職員室に来てください」
塾長が彩子を呼んだ。彩子は少しだけ躊躇して俺の顔を見た。俺は(安心して)という表情で見返した。彩子は少しだけ安心した様子で中に入っていった。
「ねえ、玉城さん。あなたが受けているクラスのことなんだけどね」
「はい」
「もう

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連載《教え子20~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「進路面談」

連載《教え子20~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「進路面談」

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連載19から数ヶ月後。

最後の進路面談をする頃、彩子の学力は、まさに“うなぎのぼり”に上がって県内御三家を受験できるほどになった。
しかし、彼女の志望校は学区で三番手の霞ヶ丘高校。
偏差値で換算すると51。
目をつぶっても合格しちゃうような鳴かず飛ばずのどこがいいんだ。
保護者を交えた三者面談でなんとか説得を試みるも、
「まあ、ウチの子がそう言うのなら」と、お母さん。
「で、でも

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