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A Murder in Shinjuku ⑥ 【短編小説】

20.
三連休が取れた。この業界で三日間休めるのは珍しいものだ。普通は、週に一回でもいい方で、二回休みを取れても連続の休みではないことが多い。だから、三連休を取れて、ラッキーだと思った。勤務時間を増やせる方法はあったけど、そうしなかった。働いて給料を得るより、何もしない時間が欲しかった。 

仕事が少ない生活はリラックスできて良かったけど、なんか怠け者に変身してきた。ちゃんと食べてなくて、空の弁当箱が山盛り部屋の角に大きくなってきて、まるでゴミ屋敷に住んでいる感じだった。

魁仁とはなんとなくメールしていた。私達どういう関係なのか曖昧だったけど、一応話してくれるから返事はした。その頃、魁仁は自分の趣味ばっかり話してて、あまり私のことを関心してないと感じてきた。頻繁に好きなサイトとのリンクを送ってきて、退屈で開いたけど、興味をそそられるものはなかった。最初はファッションブログとかライフスタイルとかのサイトだった。私はそんなもん好きでもなかってけど、これはまだ普通の人の趣味だったから安心した。でも、もっと長く話しつづけたら、テーマが急変した。言い換えれば、魁仁が本性を表れてきた。このブログ面白いよ、とお勧めてきたサイトを開いたら、じわじわな感じさせた。ただのブログだと思って読んでみたら、不気味な文書を読まされた。

このブログでは哲学的な論文で、人生に意味がなくて、命は捨てるべきなのだ、みたいな嫌らしい文書だった。コメントも目を通したけど、読者の皆が議論に賛成して、明日に自殺しようとか馬鹿らしいこと書かれていた。
笑いごとだけど、この同じ人が道徳について書いていた。とは言って、この文書でも、道徳なんてないという風に書かれて、この腐った世界では善も悪も関係ないから、できるだけ自分に好きにするのがいいという、ナルシストが書いたような討論だった。

そして、もう一つは自殺についての長いエッセイが載っていた。私自身は昔から自殺の話しに耳を傾けていたから、この問題に興味持つのは理解できる。近所の人が命を断ったとか、誰かが自殺未遂したとか、そういう話しは何度でも聞ける。私は死に関するテーマには興味があるんだ。

しかし、私は今までなんで人は自殺するのか深く考えたことはなかった。自殺という選択を決める人って、最悪な出来事が起きたのか、小さなことがたくさんあったのか、何かがきっかけで、最後に「死にたい」と思ってくるのだろう。そこまでしか考えたことはなかった。

しかし、このエッセイは自殺は正しい選択だと書かれていた。命に価値がないというんだから、早く死んだ方が明哲だと説明した。死ぬことの怖さを乗り越えること、それより勇ましいことはない。自殺は勇壮な人が選択する道だ。そういう風に、意味の分からない、不合理なことが書いていた。

人生の目的は何か?人間として生まれた理由はなにか。私だったらそんな難い問題は解けることはできないけど、こういう文書を書いて読む人は変態だと、それぐらいは知っている。

そのエッセイを読んだ後、ちょっと魁仁と距離を置いた。


同時にスパイ行為を続けていた。小川のカノジョは毎日アパートに姿を表していた。最初の頃はカノジョは一人であれこれやっていたけど、最近はいつも一緒にいるようになったことを記した。外に出ると小川は監視されているように、カノジョが常に側にいた。金曜日だけカノジョは一人で夜に出掛けていた。多分、ホステスの仕事をしていると予測した。だから、金曜は自由なのだと小川は言っていた。

新たな計画を立てた。金曜の夜に、バーで小川と相談できる機会を作る。そして、カノジョと別れることを説得する。カノジョはサイコパスだし、逃げ道さえあれば、小川は逃亡すると考えていた。誰かが自分の最悪な状態に気付いてくれたら、逃げる自信が湧くだろう。

何も言わなくてもいいんだよ。電話もメールもなしで、ただ、家を去って遠い場所へ移動して、人生をやり直すのだ。

私だったら、そうする。遠くに逃げて、人生を一からやり直す。 

一度だけでも声掛けたら、小川を助けられるだろう。その時は本気でそれを信じていた。

21.
三連休は日月火で、次の水曜日には具合が悪いと電話して休暇を取らせてもらった。言うまでもなく、それは嘘だった。面倒臭いから仕事に行きたくなかっただけだった。その次の週に私はシフトを一軒も入れられなかった。だから、クビになったという意味だ。それでも、私はちょっとも気にしなかった。仕事なんかいらない。

松岡さんからはもうメール来ない。クビになってから一週間過ぎて、もう松岡さんとは絶交となったとして、連絡を期待しないようになった。考えてみたら、他人との関係は表面的だった。話すことはあっても、いつも松岡さんの誘わりで、私から声掛けることは一度もなかった。もちろん、仕事の人から誰にも連絡は来なかった。

思い出すと、松岡さんとでも浅い関係だったなぁ。同じシフトが入る度に、一緒に座って休憩を取っていたけど、何の話しをしてたっけ?たまに、悩みを打ち明けたけど「大丈夫だよ。そんなに考えすぎないで」ぐらいしか言わなかった。松岡さんは本気で私の気持ちを受け止めようとしなかった気がする。そういう返答って嘘の一種ではないか。そういう虚ろな言葉を使う人って、友達の猫かぶりしているだけじゃないか。そうやる人、本当の友達だと言えるか。

二週間経ってから、松岡さんからメッセージが来た。

―〇〇のライブに一緒に来てくれるかな?

そうだった。松岡さんとの会話はアイドルの話しばっかりだった。そういう話しすると松岡さんは盛り上がっていたけど、私の方は本当はあまり興味持っていなかったんだ。グループとメンバーの名前とかは知っているけど、そこまでスキスキではなかった。どうにしても、松岡さんが絶えず喋るから、自分が話せる隙間は少なかった。

たまに、一緒にライブ行く時期があった。松岡さんがライブに誘ったのは会ってから二週間後。

「仕事でアイドル好きな人、全然いないのよ。だから、一緒に来てくれたら本当に助かるなー」

そのライブ、楽しかったは楽しかったけど、松岡さんのレベルには及ばない。松岡さんは、熱狂的に興奮した。涙まみれで気が狂いそうにみえた。帰り道は私が体を支えなかったら、バランスを崩して転びそうな状態だった。松岡さんにしては、ライブに参加するのは、趣味というかカルトの儀式に近い。

〇〇のグループは高校の時によく聴いてて、CDも買ったことがあるけど、だからと言って大ファンの水準までではなかった。だから、特に行きたいと思わなかった。

ーごめんなさい。新しい仕事を始めてから、忙しいんだ。

私はそういうメールを送ったが、返事はなにも来なかった。

それが、松岡さんからの最後のメッセージだった。
 

東京に来てから、松岡さん以外にもう一人だけ友達らしい人に会えた。朝子という子だった。もちろん、仕事の仲間だった。数多くでもないけど、仕事中には何回か話したことがあった。

いつか、朝子が落ち込んでいた時に相談に乗ってあげたことがある。朝子はアパートの二階に住んでいて、一晩出掛けた時、帰ったらバルコニーで干していたパンツがなくなった。本当にパンツだけがなくなった。シャツとブラジャーもちゃんと干したまま残っていた。だから、パンツ泥棒に盗まれたという。

恥ずかしすぎて、誰にも話せる気持ちではなかったけど、私だけには言えると朝子は言った。そして、私はこの内緒を守った。

違う日に、また朝子はまた落ち込んでいた。今度は、電車の中で痴漢されたことを思い出したと言う。一年以上前の話だけど、忘れていなかった。怖くて動けなくて何も言えなかった、と朝子は説明した。ぎゅうぎゅう混んでいるピーク時間の車内で。ある男性が朝子の後ろに立っていた。二つの指があそこを触って、掻いているように動きだす。指を中に入れようとしている行為だった。朝子にはこういう被害に次々と遭う人なんだと思って、同情を禁じえなかった。

「辛かったと思います。私にもそういう目に遭ったことがありますけど…」

私はそう言ったけど、それは嘘かもしれない。一度、電車の中でお尻に何かが接触した経験はあった。それは、一秒だけで、他人の手かどうか分からなかったけど、その時はぞっと感じて、怪しい人に襲われたと思った。

でも、朝子にこの経験を語ったとき、絶対他人の手にお尻が触られた風に話した。

そう言ったら、朝子は目を見つめて「勇敢だね」と言ってくれた。

だから、私の架空の痴漢と朝子の(たぶん)本当の痴漢について話し合ったきっかけで、朝子は私を信頼するようになった。

それでも、数か月後に朝子は仕事を辞めた。

「どこかで、紅茶しようね」

朝子はそう言って最後のシフトを終わらしたけど、それはただの社交辞令を言っているだけだった。

朝子に一回だけメッセージを送ったけど、返事はなかった。

友達というのは、そういうものだ。 突然現れて突然消えていく。

***
Speakeasyの外を徘徊していた。これは杭打ちだった。可愛い服装とメイクもちゃんと付けた格好だった。

一時間して、小川の姿は発見しなくて、帰ろうと考えたけど、やっぱり店の中でもう少し待つことにした。席に座って待ったけど、小川は来ないし、誰も話しかけてこなかった。暇つぶしで、魁仁のツイッターを調べてみた。新ツイートがいくつかあったけど、馬鹿らし過ぎて、何を言っているか分からなかった。

そして、まだ暇だったから、もっと昔のツイートを見た。そこで、何か違和感を感じた。一年前の魁仁は今と比べたら丸っきり別人だった。やけに暗くて鬱々しい感じのツイートばかり。死にたいとかODしたいというツイートが複数あった。

その他に、電車の写真がよく出てきた。魁仁が鉄道オタクだとは知らなかった。趣味があることはいいだと思うけど、スポーツとか書道とかもっと真面目な趣味を持つ人の方が格好いいなと思った。

結局、小川は来なくて一人でお家に帰ることにした。本当にがっかりする一日だった。 

そして、帰り道に何か奇妙なもの目にとどまった。アパートが見えたところで、ビルの前に誰かが立っているのに気付いた。遠くからでも誰か分かった。若そうな男性。それは、魁仁だった。

魁仁は私に気付かない。私の方向ではなく、上を見上げていた。アパートビルから視線が離れない。私は身を隠して、隠れ場所から魁仁を監視した。何をしているの?何を考えているの?何をしようと思っているの?

胸が騒いでいて、肌がヒリヒリする感じした。その場で待ってて、魁仁がビルを背にするまで動かなかった。何分か覚えてないけど、すっごく長い時間だと感じだった。最後は、魁仁が諦めたかのようにビルを後にして、駅の方向へ歩いた。

22.
容疑者は取調室の中で静かに座っていた。容疑者の顔は影に隠されたが、近くからと暗い表情を浮かばせているのが見える。有罪だと一目で分かる悪質さと罪悪感が伝わってくる。調査員は既に知っていることを確認するだけの目的で取調室に入ってきた。容疑者の目は空欄で、裏に意識も魂も無いように見えた。人間の殻しか残ってない感じだった。他人の命を奪う瞬間に人はガラっと変わるのだ。その後、元に戻ることはない。自分が人を殺したと認めて、興奮状態が長引く。何か月も興奮状態が収まらないときもある。大量のアドレナリンが血管に通って、意識が数日から数週間の間は雲らしくなる。そして、意識が戻ってくると自分が何をやったか理解して、後悔が追ってくる。殺人心は激怒が生み出し、全てを燃え尽き、炭しか残らなくて、悔しみで終わる。

時が経ってから罪の重さが鎖のように心を絞る。殺人を起こしたその場面がビデオを再生するみたいに、記憶の中に繰り返される。生涯忘れられないトラウマなのだ。

ようやく、調査が始まった。

調査員は質問した。

容疑者は頷いた。

 次の質問をした。

容疑者は頷いた。

「言ったこと全て理解していますか?」 

頷いた。

 容疑者がその時、何を考えていたかは誰にも分かりかねる。しかし、警察の仕事はそこまで知る必要はない。ただ、犯人を探し出すまでだ。この事件はこれで解決だと言える。それで、調査員は立ち上がり取調室を出ていった。

23.
アパートの隣には公園があった。小さな公園で、ブランコと滑り台とベンチしかなかった。そこで、小川を目撃した。私は無職で毎日暇だったから、少し散歩をしようと思って、その辺りにぶらぶらしていたら、小川がベンチに座ってタバコを吸っている姿を見かけた。彼は技師のグレーの作業着を着ていたから、仕事帰りだと思った。

「休憩中ですか?」

私は訪ねた。

「ちょっとだけね」

彼は言った。

「お家に帰らないんですか?」

「うん。一服してね」

小川には新しい痣や傷とかは見えなかったけど、ただよく隠しているだけかもしれない。彼は暗い鬱々しい顔をして、なにか悩みがあると推測できる姿だった。 

目を合わせないまま、ベンチに腰かけて小川の隣に座った。二人とも痺れていて物憂い気持ちを負っていたようだ。お互い無口で、もう諦めたいような状態だった。本当に価値がない人生だと思っていた。

「幸せですか?」

私はなぜかこんな愚かな質問をした。もしかしたら、その質問は自分で自分に訊きたかった質問かもしれない。それでも、小川は答えてくれた。

「幸せ…じゃない…」

この答えをじっくり受け止めようとした。こんなにストレートに言うとは思わなかった。

「私も、幸せじゃない…」

自分の不幸をようやく誰かに伝えられて、ちょっとすっきりした。そういうか、それを声に出すまで、自分の不幸にちゃんと向き合ってなかったのだ。二分前も一分前も、自分の苦しんでいること、心の中は知っていたけど、意識までに昇っていなかった。

いつからこんな状態になったんだろう。なぜ、こんな結果になったんだろう。小川と座りながら自問自答した。

高校のときは頑張って勉強したのに。周りの人が言った通りに行動したのに。何も悪いことしてないのに、なんで私はこんな最低な人生を送らないといけないの?

仕事も無い。友達もない。家族とは連絡が不毛だった。頑張る力さえ失くした。

小川はタバコを消して、何も言わず立ち上がり、アパートの方向へ一歩出した。私は自分の行動をコントロールできない情勢で小川を追って、彼の手を握った。

何も言わず、目と目を合わせた。彼は私より少し背が高くて、私は子供のように見えたかもしれない。

 少しだけ笑って私の顔を見たけど、私の事にそんな興味を持ってないことが明確だった。

ざわざわした手の平の肌を持って、もっと強く握りたかったけど、言いたいことが思い浮かばなかったし、自信も失くして相手の手を放した。

小川は早足で公園を後にして歩き出した。

それで、私達は最後の別れとなる。

その後、小川と会うことはなかった。



littlesuicidecandyさんの描画

littlesuicidecandyさんの作品をカバーとして借りました。ちょっと寂しい、とても奇麗な描画をよく作成するアーティスト、是非インスタグラムのページをご覧になって下さい。

https://instagram.com/littlesuicidecandy?igshid=MzRlODBiNWFlZA==