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メーサーロシュ・マールタ監督『アダプション/ある母と娘の記録』破綻する愛、そして取り繕った愛


<作品情報>

第25回ベルリン国際映画祭 金熊賞受賞作品。
ハンガリーのメーサーロシュ・マールタ監督が歳の離れた2人の女性の交流を描き、1975年・第25回ベルリン国際映画祭で女性監督として初めて金熊賞を受賞した記念すべき作品。
工場で働いている43歳の女性カタは夫を亡くし、現在は既婚者と不倫関係にある。カタは子どもを設けることを望んでいるが、愛人はそれを拒否する。そんなある日、寄宿学校で暮らすアンナと知り合ったカタは彼女の面倒を見ることになり、歳の離れた2人の間には奇妙な友情が芽生えはじめる。

1975年製作/88分/PG12/ハンガリー
原題:Orokbefogadas
配給:東映ビデオ
劇場公開日:2023年5月26日

https://eiga.com/movie/98188/

<作品評価>

80点(100点満点)
オススメ度:★★★★☆

<短評>

上村
ここでは親子愛と夫婦愛(カップル愛)が並列的に描かれており興味深い。タイトルはもちろん「養子」という意味ですが、アンナという「養子」を経験したことによりカタは本物の養子をもらうことを決意します。今ではあまり新鮮味がないテーマ、ストーリーではありますが、女性監督としても「こういう生き方もある」という提示がしたかったのだろうと思います。
破綻する愛もあれば既に破綻しているのに何とか繕っている愛もあるのです。そして愛の可能性を信じて終わります。あまりにも見事な幕引きです。
あのカップルが今後どうなるか、そしてカタはちゃんと赤ちゃんを育てられるのかは分かりませんが、不穏な空気と少しの希望が入り混じるラスト付近の空気はなんとも言えないものがあります。

北林
冒頭で、主人公のカタがせっせと働く姿がスクリーンに映し出されます。それはただのハンガリーの工場労働者の日常を描いたものではありません。彼女(もしくは他の労働者)の、木くずにまみれた肘をアップでカメラは捉えています。それはハンガリーの社会情勢や彼女の個人的な生活の奥深くに眠っている何かを呼び起こす、言葉にはならないような感情やストーリーが詰まっていると思うのです。
恥ずかしながら、私は当時のハンガリーの社会や文化についての知識を持っていません。しかし、この映画は、観客にハンガリーの現実を感じさせる魔法のような力が満ち満ちています。多くの文献でも伝えることが難しい(と思われる)社会の複雑さや困難さを、木くずまみれの肘が映し出された瞬間、スクリーンから私たちに雄弁に語りかけてくるのです!それは、映画の力であり、映画的魔法そのものです。
そして、主人公のカタの存在、そしてカタの瞳は語らなければなりません!彼女の瞳は、ただのキャラクターではなく、リアルな人物、そして我々観客への窓となっています。スクリーンの向こう側の我々を直視するかのようなそのまなざしは、観客とカタとの間に強いつながりを生み出しています。その瞳には、喜び、怒り、迷いなど、彼女の多面的な感情が鮮明に映し出されています。
『アダプション ある母と娘の記録』は、映画の力を最大限に活用して、知りえなかった世界を理解し、感じるための扉を開くすばらしい作品です。もっとメーサーロシュ・マールタ監督のお名前が日本でも広がったらいいなと思います。僕ももっとマールタさんの映画に触れられたらなと思っています。

吉原
映像が非常に好みの作品だった。引きの絵よりも登場人物の顔をアップで撮った絵が印象的な作品で、それにより登場人物、特にカタとアンナの心情がより浮き彫りにされていた。
1975年はまだまだ女性の地位は低く、カタの不倫相手の妻の生き方こそがあるべき姿のように見られていた時代だろう。そんな時代に女性監督であるメーサーロッシュが作り出した本作は、女性の生き方にパラダイムシフトを起こす、本当の意味での「フェミニズム」映画である。
87分という短い上映時間の中で、感情が揺さぶられると同時に、一歩引いた目でも見てしまう、映画としては非常に見応えがある作品であった。

<おわりに>

 淡々とした落ち着いたトーンの映画であり、人は選ぶと思います。しかし愛の可能性、映画の魔法が詰まった一作なのは間違いありません。そしてベルリン映画祭史上初めての女性監督作品という大きな意味のある一作です。
 現在メーサーロシュ・マールタ特集が巡回中です。地方の方にもぜひ観てほしい作品です。

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