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連載小説『俺たちは爆弾を作ることについて真剣に考えなければならない』第1章

 「健太、これで良いか?」
 「うん、上出来だ」
 「かっこいいね。てかやっぱり桔平は文字打つの速いな」
 「今そんなことはいいだろ。それじゃあ始めようか」


―――爆弾製作委員会・議事録―――
日 時:2023年11月5日
場 所:杉浦家 2階 会議室
出席者:津幡第一中学校 爆弾製作委員会 田淵健太/杉浦桔平/中島翔之助
議 題:俺たちは爆弾を作ることについて真剣に考えなければならない


 津幡第一中学校爆弾製作委員会、略して“爆委(ばくい)”は、津幡第一中学校に通う俺たちが組織した、非公式の特別委員会だ。
 俺は委員長の田淵健太(たぶちけんた)。メンバーは副委員長の中島翔之助(なかじましょうのすけ)と、書記の杉浦桔平(すぎうらきっぺい)。合計3人で活動している。

 今日は俺たち爆委の定例会議が行われる日だ。月に3回行うこの定例会議では、普通、爆委のこれからの目標を立てたり、これからどのように活動していくかを話し合ったりする。

 いつもは委員長である俺の家で行っている。しかし、今日の会議は杉浦の家で開くことになった。杉浦の家で会議が開かれる、これは俺たちにとって非常に重要なテーマを取り扱う日であり、慎重な議論が必要になることを意味する。

 今日の議題は〈俺たちは爆弾を作ることについて真剣に考えなければならない〉だ。俺は杉浦に定例会議で話す内容について、あらかじめ概要を伝えてある。杉浦はそれに合わせて会議のタイトルを考えてくれるのだ。
 俺が仕切り始めればこの会議はスタートを切ることになる。会議全体の様子は、これもまた書記の杉浦がパソコンで記録してくれる。


会議模様:以下、実際の会議内容を記す。書記:杉浦桔平

 「それじゃあ、始めようか」

 委員長、田淵の言葉で場の空気がピンと張り詰めた。雑談時間の終了と会議の始まりを告げる第一声である。
 本日は杉浦宅で執り行われる定例会議とだけあって、先ほどまでの和やかな雑談の時間とは打って変わって、皆真剣な面持ちで田淵の次の言葉を待っていた。

「さて、俺たち爆弾製作委員会は4月から今日に至るまで、幾度もの定例  会議を開き、我々の目的を達成するために活動内容や短期目標などを話し合ってきた。諸君には今回の会議の初めにわかっておいてほしいことがある。定例会議を開くのは、今日が最後だ」
「えっ、じゃあ、もう」
「ああ、そうだ。今日この会議をもって、爆委はついに目的に向かって行動を開始することとなる。俺たちはこれまで、実に様々な努力を支払って爆弾の材料や製作のためのレシピを手に入れた。思い出しただけで冷や汗をかいちまうような瞬間もたくさんあった。だが、それも今日で終わりだ。いよいよ俺たちは計画を実行するときが来たんだ」
「そ、そっか………」
 
 田淵から発せられた言葉は、これまで幾度となく行われてきたこの定例会議の終わりを告げるものであった。それと同時に、我々爆弾製作委員会(以下、爆委)が今年4月から準備を重ねてきた例の計画に取り掛かることを宣言した。

 中島はこの時動揺を隠せずにいた。しかし、彼の内側から確かな達成感が湧き上がってきていることが、ズボンを掴んでできた皺を伸ばし、もう一度拳を固く握り直している様子を見ても伝わってくる。それは言うまでもなく、これまでに我々爆委が、人知れずひたすらに困難を極めた活動を行ってきたからであった。
 私も事前に少し会議内容を聞いてはいたが、この田淵の発言によって、今の私はキーボードを打ちながら何度も唾を飲み込み、吐き出してしまいたくなるような緊張感に耐え忍んでいる。

「今俺たちは3人だ。最初から今日この日まで、ずっとこの3人でやってきたんだ。そして最後までこの3人で成し遂げなければならない」

 これは7月初めから決まって田淵が言ってきたセリフであった。
 爆委発足当時のメンバーは田淵と杉浦の2人だった。我々は口伝えで委員を勧誘し、極秘に勢力を伸ばしていった。最も委員の数が多かったのは6月末の10人の頃だ。
 しかし、時に命の危険を伴うような準備と、計画のゴールが徐々に近づいてくるにつれて、多くの者が離脱していった。

 田淵は、抜けていく委員に対して爆委での活動を外部に漏らさないよう、徹底的に口止めをした。
 中島は、口止め料として、定期テスト中、答えの書いたカンニングペーパーを作成することとなった。クラスのメンバー1人1人に、自分のところに回ってきたたら次に誰に回すかということを教え、最終的に元爆委委員のところまで届けるという、カンニングペーパー輸送網を敷いたのだ。
 クラスメンバーには田淵が直々に、速やかにペーパーを回すようお願いしたそうだ。これに関しては、本当にお願いという言葉が適切だったかどうかは定かではない。
 このように、爆委の活動は普段の学校生活にも影響を及ぼしている。今日この日を迎えるために、並大抵の犠牲を払っていたわけではないのだ。

 多くのメンバーが離脱していく中、最後に残ったのがひ弱な中島である。
 計画には最低三人の人員が必要であるため、中島を抜けさせるわけにはいかなかった。そこで田淵は中島を、それまで存在しなかった副委員長という役職に任命することで、彼の身を爆委メンバーとして完全に拘束した。

 田淵はかつて所属していた7人の委員などいないことを、自分に、そして私たちにも言い聞かせている。忠誠心と実行責任が所属しているだけで伴ってくるこの爆委において、抜けていった者への対応は非常に冷酷であり、あえてその者たちを敬遠する言い方をするのは避けられることではないのだ。

「覚えているかお前ら。今まで俺たちがしてきたことを。覚えているかお前ら。最後の定例会議から何日後にどうするかを。杉浦、覚えてるか?」
「ああ、たしか10日後だったよな。10日後に爆弾を作成する。そして………そして、12日後だ」
「そうだ。10日後に俺たちは爆弾を作ることになる。これまでの材料調達と実験の日々を考えれば、心の準備には十分な余裕があるだろう。1日で、爆弾を含め、必要になるものを全て揃えなければならない。その2日後だ。その2日後、俺たちは作った爆弾を使用することで、計画の最終目的を遂行する。俺たちの今日までの7カ月とこれからの10日間は、これから12日後に訪れる最後の日のためにあるんだ。わかってるか、中島」
「う、うん。もちろんだよ。僕だってこれまで色々やってきたんだ。もう後戻りはできないんだろ?後戻りなんかするつもりもないし、僕は爆委に入れてよかったとすら思ってるよ。抜けていった人たちも
「おい。中島」
「あっ。ごめん………」

 我々は10日後の11月15日に再び集まる。
 これからの10日間、我々3人は普通の中学生として生活し、心の準備をする。爆弾を作るためには常に冷静でいなければならない。一度、爆委から自分たちの身を開放するのだ。我々にとっての学校は、もはや休憩所という認識になっていいる。

 田淵は学校で体育委員会に所属している。バスケ部の活動が週に何度かあるが、爆委のため、これまでの部活参加頻度は少なかった。才能があったようで、頼りにはされているらしく、田淵はこの10日間、部活に真剣に取り組むそうだ。
 私杉浦は生活委員会に所属している。部活はしていない。そのため、この10日間はあまり普段の学校生活と変わらないと考えている。ただ、爆委がない生活がどのようなものなのかはあまり検討がつかない。
 中島はクラスの学級委員で、3人の中で勉強に最も力を注いでいる。これまで夜に爆委があるときでもテストでは優秀な成績を収めてきた。この10日間は読みたかった本をとにかく読むという趣味の期間に充てるそうだ。

「よし、それでは来るべき10日後、そして12日後に備えて、今日はこれまでしてきたことを振り返ろうと思う。なにか言いたいことはあるか」
「どうしよう。もう何があったか正直あんまり覚えてないよ」
「おい、杉浦。あれを」

 私は机の引き出しから、黒い箱を取り出した。
 わかってはいたが、かなり重い。

「中島、これが何かわかるか」
「議事録、だよね」
「そうだ。この箱の中にはこれまで俺たちが行ってきた定例会議の議事録が入っている。4月から10月までの、全21回分だ。それだけじゃない、委員が前の会議からその会議までの間に何をしたかの活動報告書や、入手した参考資料なども入っているから、この箱の中を見れば、俺たちが今までしてきたことを全て思い出せる。覚悟はできてるか?」
「………」

 私も中島も、あるいは田淵だって乗り気ではないはずだ。
 なぜならこの箱に入っている議事録や報告書には、当時の様子が鮮明に記録されているからで、思い出すと吐きそうになる7か月を一気見することになるのだ。
 
「よし。じゃあ、開けるぞ………」

 田淵は箱を開け、とくに見たくないと感じる日付ラベルが張られたA4紙の束を、いくつかピックアップして机の上に並べた。

 我々は、恐る恐る、過去の議事録に目を通し始めた。

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