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祖父に改めての敬意を込めて

裁判長はおもむろに立ち上がり、
判決を言い渡さんとしていた。
私は大きく息を吸って呼吸を止め、
裁判長の判決を受け止めようとした。
裁判長の口から出てくる言葉は、私の予期に反して聞き慣れない発言である。
傍聴席の方から急にざわめきが聞こえてきた。
私はどのような刑が言い渡されたのか判然としないまま、
佐伯通訳の方に視線を向けると、佐伯通訳はおもむろに立ち上がって

「重労働10年の刑に処す」

と伝えた。

シンガポールの軍事法廷で、
祖父である大門幸二郎が判決を言い渡されたシーンである。

シンガポールの軍事法廷では昭和21年2月から昭和22年10月の間に

死刑 146名
終身刑 49名
有期刑 253名
の合計448名が有罪の判決を受けた。 

毎年のことではあるが、この時期は戦争に関する番組を目にすることが多い。

15年前に天寿を全うした祖父のことを思い出さずにはいられず

少し書かせていただきたく思うのでお付き合いいただきたい。

祖父を始めとする先人達の想いというのは
決して踏みにじられるべきではない思っている。

戦争という大きな力の中で、個人の意思などは認められず、
罪の意識のないまま個人が死を以て戦争の責任を負わなければならないなんて。
その胸中は如何なるものだったのだろうか?
戦争とは残酷なものである。

祖父はこう言っている。
郷土にあっていかに善良な市民であっても、
戦場においては個人の冷静な良識もときには失われ、
殺すべきでない者を殺したような過ちがあったかもしれない。
それも戦場心理であった。
従って、この戦場心理の行きつくところ、
双方がお互いに敵愾心を燃やし、1人でも多くの敵を殺すことを是認し、
敵愾心と敵愾心のぶつかり合いこそが戦争の悲惨な実態であった。
しかも、この戦場心理は敗者だけにあったものではなかったはずである。
とりわけ、上官の命令は天皇陛下の命令であり、
命令に対する服従は絶対であると教育されてきた日本軍の組織の中で、
どれほど個人の意志が認められたであろうか。
今になってみれば、この命令で多くの下級者が罪を背負わされ、命を奪われたか計り知れない。

果たしてこの戦争裁判に於ける責任は、誰が負うべきものであろうか?
かつ、敗者だけが負うべき責任であろうか?
永久に残る疑問である。と。

祖父は判決後、シンガポールにあるチャンギー刑務所で重労働の刑に服した。

労働者内容はといえば
炊事・洗濯・大工・裁縫・靴修理・事務・清掃と多様化し、
毎日決められた作業に従事していたとのことだが

祖父は刑期の前半は洗濯場の作業長として、アイロンがけ・洗濯物の受け渡しの仕事をしており、
後半は判決が確定して入所してくる囚人の衣服・貴重品を保管する事務的な仕事をしていたそうだ。

昭和25年1月26日。
突然シンガポール戦犯の再審の結果が発表され、23名の者が減刑されることになり、
その中の一人であった祖父も10年から6年に刑期を減刑をされた。

ただ、減刑をされたといっても長い刑期であることに変わりはない。
祖父の心境を慮った時、同情なんて言葉では言い表すことのできない沈痛な思いを抱いた。

満期出所を終え、日本の土を踏んだ時
祖父の中に込み上げてきた感情とは如何なるものだったのだろうか?

「私は後世の人が、
日本の戦前戦後の正しい歴史を認識し、
平和の貴さを忘れることなく、
戦争を避ける努力ができる人間になることを願ってやまない。」

本の最後に祖父が書いた言葉だ。
一人一人が決して忘れてはいけないことだと思っている。


最後に。

戦後、場面場面で数々の句を詠んでいた
『大門幸二郎』の句を紹介させていただいて
この記事を終わらせていただくことにする。

お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

【昭和21年2月12日タイ国バンファン刑務所に収監される】

・剥ぎ取られ 裸一つの 身となりぬ

・将軍も 兵も裸 野食する

・敗戦の きびしさ声なし 炎天下

【起訴される】

・手錠され 奥歯かみしむ 炎天下

【昭和21年7月17日、判決を受け既決囚となる】

・今日の日は 獄衣を纏う 祗園祭

・時計塔 見上げる囚人 目に汗す

【毎日絞首台へ死の行進がつづく】

・ハネ板の 音蛍雪の 譜をとどむ

・憎き蚊の 血痕白き 壁に散る

・聖書伏せ 低き春雷 聞きいたり

・石の床 汗のくまどり 昼寝ざめ

【何年目の越年か】

・許されし 煙草一本 クリスマス

・青春は 空しく獄舎に 年暮れる

・溜息の 多き獄舎の 晦日かな

・元旦や 裸身一つ 粥に生く

【帰国して2句】

・還へり来て 軽き心や 団扇手に

・帰国して 焼け跡なれど 浴衣着る

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