宇宙人ビンズと無敵の木

この物語は、惑星テコヘンがありとあらゆる星々を調査するために結成した「惑星調査団」に所属する能天気な宇宙人ビンズと、その友ベーリッヒの活動報告である。


俺はヌンチャクマスターになる。我が友ビンズの一言に、この私ベーリッヒはどう返せば良いのだろう。後先考えずに発言するのは彼のクセだ、今更驚く事ではない。だが仕事上なだめなければならないのも事実だ。我々の仕事は様々な惑星を調査し、故郷である惑星テコヘンの科学技術向上の為のデータを収集すること。ヌンチャクとやらがどの様なものかは知らんが、どうやらテコヘンの闇市で手に入れた映画に影響されている様だ。公務員が闇市に行くな。ひとまず、彼が今宇宙船内で振り回しているヌンチャクとやらを取り上げた。ふむ、同じサイズの木の棒を鎖で繋げてあるのか、原始的な武器だな。手作りにしてはよく出来ている。興味深いが、我々には光線銃があるからいらないだろうに。あと職務中に作るな、ヌンチャクを。だが、言い出したら聞かないのがこいつの性分だ。納得するまで続けるだろう。私はどうすればヌンチャクマスターになれるのかと尋ねてみた。私も鬼ではない、こうなったら少し付き合ってやろう。ビンズはヌンチャクに使う木がより良質であればなれると言った。なるほど、やはり形から入るタイプだったか。偶然にも木々が生い茂る小さな惑星が宇宙船から見える。適当な木をみつけて帰るとしよう。私は宇宙船を操縦しビンズと共に木の惑星に向かう。


木の惑星に到着した。降りる前に酸素濃度を調べたが様子が変だ、テコヘンよりも遥かに自然が多い様に見えるが酸素が少ない。このまま行けば息苦しさに悩まされる程だろう。私とビンズはひとまず酸素マスクとボンベをつけて外に出る事にした。外に出ると無数の木々が生い茂り、気温はかなりの暑さだ。周りを見渡す限り森で、木々は遥かに大きいものばかり。上を見上げると、空が半分ほど木々に覆い被さっている。それ以外は、そうだな、普通だ。暑くて、大きい木がある森。その程度しか言えない。するとビンズが斧や電動ノコギリ、その他工具を袋に入れてズリズリと引きずり、目の前にある大きな木の前に立つ。そしてバンダナを頭に巻き、電動ノコギリを作動させる。こういう時だけ仕事できる感だすなよ。まぁ、この分だとすぐ終わるだろう。私は隣で作業が終わるのを待つ為、持ってきた小説を開き、音楽プレイヤーにイヤホンをつけて音楽を聴く。ビンズの良いところは自分のやりたい事に対して移動以外巻き込まないことだ。勝手にやらせていれば終わる、そう思っていた。

作業開始からどれくらい経ったのだろうか。私が腕時計を見ると、1時間が経過していた。おかしいな、あいつの事だから10分くらいで終わると思っていた。私は小説と音楽プレイヤーを鞄にしまいビンズのもとに行く。すると汗だくになりながら未だにノコギリや斧を使って作業するビンズの姿があった。しかし木を見るとかすり傷ひとつない。それどころかビンズの周りには無惨に折れたり、刃こぼれした工具があった。私は汗だくになったビンズを止め、自分でも確かめてみた。ビンズの使っていた斧で木を切ろうとしたが、はじかれるばかりで刃が通る事はなかった。ビンズに聞いたが、ほかの木もダメだったらしい。ビンズは光線銃を引き抜き木を撃ったが、それでも傷ひとつ付かない。これは大発見だ。この惑星の木々は、どういうわけか傷ひとつ付かない丈夫な木だ。ビンズ、お前のわがままが偶然にも新たな発見をもたらした。その時、上空を見上げると空から何がが降ってくる。火の玉の様なものだ、おそらく隕石だろう。そしてそのまま別の場所に落下し激しい音が鳴り響く。私とビンズは隕石の落ちた方向に向かう。


我々が目にしたもの。それは火災でも土砂崩れでもない。隕石が森の中で粉々になって落ちている。普通は木々が倒れるはずなのに、まさか隕石にすら打ち勝てる木があるとは。私は急いでサンプルを採取しようとしたが、持ってきた動画では採取すら出来なかった。それをみてビンズが私に学ばないのかと言ってきた。なんだこいつ、後で殴ろう。仕方が無いので採取ではなく機械でスキャニングをする事にした。採取出来なくても、情報は得られる。ビンズはこの木を採取する方法があれば最強のヌンチャクが出来ると小躍りしていたが、スキャニングが終了した私は彼に現実を伝えなければいけない。理解してしまったのだ、この木の正体を。私は推測ではあるが、ビンズに知った事を話す。この木が丈夫なのは、惑星の栄養を木々に集め、それが膜として木々の表面を強固なものにしているから。丈夫になった理由は、恐らく隕石だ。この惑星に来る前、隕石になりうる小惑星が周りに多く見受けられた。それらから身を守るため独自の進化を遂げたのだろう。進化し続け、やがて無敵になった。だが、その進化は失敗だったのだ。この星の気温と酸素の薄さ、スキャニングを完了してようやく分かった。



この木たちは、死んでいる。


木が強固な幕で完全に覆われてしまった為、呼吸が出来なくなり、二酸化炭素を酸素に変える役割を担えなくなってしまったのだ。おまけに、木々が多すぎて水が溜まる場所がない為、雨も降らない。水は長い年月をかけ全て蒸発しきってしまったのだろう。あるいは隕石の大量落下による蒸発も考えられる。木が衝撃を防げても、熱を逃す事は出来ないからだ。しかも、進化の過程で水を吸収する事はできなくなっている。つまり、丈夫なのはあくまで表面だけ、中はもう根元まで腐っているだろう。まるでニスで塗り固められた世界の様だ。残念だが、ヌンチャクも作れないし、この星はより長い年月をかけ死んでいく。表面だけ形を残して。それを聞いたビンズは斧を持ち、また先程の木を切り落とそうとする。説明はしたはずなのに、どうしてまたチャレンジするんだ。だが、よく見ると先程と表情が違う。ビンズよ、泣いているのか。何に泣いているんだ、ヌンチャクが作れない事がわかっただけで涙を流す男じゃないだろう。結局木に傷がつく事はなく、ビンズはボロボロになった斧を捨て、ふざけるなと言い残し宇宙船へ帰っていく。私はどうしてビンズが涙を流して木を切ろうとしたのか、永遠に知る事はなかった。



調査報告 

進化の過程で強靭になった木々を発見。スキャニングによるデータ収集で、内部構造の腐敗を確認した。調査団2名で破壊を試みるも損傷は見受けられなかった。惑星はあと数年後、完全に酸素を消失すると予想される。調査の際は防護服と酸素マスクの着用をお勧めする。 




宇宙人ビンズと無敵の木


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