見出し画像

「もしも自分が死んだら」を考えておく 〜エンディングノート〜

エンディングノートとは

特に別居を初めてから、
「自分に何かあったら」
もしものことを想定して、伝える必要があることは前もって用意しておこうという思いが強くなりました。

本屋で見つけた「エンディングノート」に、項目に沿って記入していきます。
エンディングノートも色々出ているようですが、私はコクヨの「LIVING & ENDING NOTEBOOK」を使っています。

画像1


(使用感満載ですみません、、)
内容は以下のような感じです。

・自分の基本情報(住所・電話・保険証やパスポート番号など)
・預貯金(口座情報・自動引落し・証券・金融資産など
・所有する不動産
・借入金・ローン
・クレジットカード・電子マネー情報
・加入保険
・年金情報
・携帯・PC(デジタルデータ処理方法など)
・WEBサイトのIDなど
・宝物・コレクション(保管場所や処分方法)
・ペット(保険・行きつけサロン・病院など)
・生活(車・習い事・学校・管理組合など)
・家族一覧
・親族一覧
・命日・法要など
・冠婚葬祭記録
・友人知人一覧
・健康管理(持病・かかりつけ医など)
・告知・延命処置について
・介護(食の好み・好きな服装・音楽・財産管理依頼者など)
・葬儀(宗教・喪主・戒名・花や服装など)
・お墓(永代供養・樹木葬・散骨など)
・遺言書(作成有無・依頼してる専門家など)
・相続(遺産分割・希望など)
・データの処理方法
・大切な人へのメッセージ

最初は割とスラスラ書けるものの、ページを捲るたびにだんだんと筆が遅くなります。
自分が要介護になったらどんな風に接してほしいか、自分の葬儀は誰にきて欲しいか。

「いや〜そんなの今ちょっとわからないなー!」
で、とりあえずノートを閉じてしまうのですが。笑

いやいや、今わからなくていつわかる?!

こういうのってわかるわからないじゃなくて考えて自分で答えを出しておく作業を今のうちにしておかないといけないってことか。

薄々気づいていても、考えるのが面倒で先延ばしにしがちな本音^^;
「今はこう思ってても、もうちょっと年取ったら気持ち変わりそう」
とかね。
それならそれで、書き換えたらいいだけのことなんですが。

意思疎通が不自由になったらそれこそ自分の考えてることなんて誰もわかってくれません。
今の自分と30年後の自分の好みは変わっているかもしれないけれど、少なくともたまたま介護してくださる人より今の自分の方が自分には近いわけなので、アップデートを前提に定期的に
「自分はどうしたいか」
を自問自答する
時間を作ることはすごく大切なんだと思います。

「デジタルエンディングノート」もあるよ

手書きだと誤字脱字があったり画像などデータが残しにくいなどあります。
最近では「デジタルエンディングノート」というのも出ているようですね。
修正や加筆が簡単なことと、デジタル保管なので物理的な紛失ということはありません。

確かに口座番号やメールアドレスなんかは手書きよりタイピングの方がいいよなと思ってしまいますが、昭和でアナログな私は、ペンと紙を前にした方がなんだか自分と向き合いやすくて好きです。

金融情報などは普段振り返る機会も少ないと思うんですが、
「これを見ればわかる」
というのが1冊あるとすごく便利なんですよね。
「エンディングノート=終活」
=人生の後半にすることという印象ですが、若い人でも結構便利に活用できるものじゃないかな〜と思います。

私なんかは別に資産があるわけでもないのでその辺りは空白なんですが(笑)、
「要介護になって意思疎通ができなくなったら」
「交通事故で死んでしまったら」
結局誰かには迷惑かけてしまいますが、
「こうしてほしい」
と残しておけば、無駄に迷わせて
「これでよかったのかしら、、」
という気持ちの負担も多少は減らせるんじゃないかと。


家族で「死」について話すことは大切

年齢の順番で言えば親を看取って子どもが亡くなるのが自然ですが、人生何があるかわかりません。
最近では長生きの高齢親が、60代の子どもの介護をするなんて記事も目にします。

死ぬ時のことを話題に出すのは日本ではまだまだオープンじゃないと感じますが、家族間で話し合っておくことはとても大事だと思います。

親と死ぬ時の話をするのはなんだか不謹慎な気持ちになるのはわかるんですが、病気になったり突然死したらやり直しはききません
初めて出かけた場所は勝手がわからずおろおろしますが、2回目になるとトイレやレストランの場所に近道もわかってスムーズに動けたりします。
でも、お葬式は2回できません。
人は1回死んだら生き返らないので。


父が亡くなって流されるように色々な手続きをこなしましたが、わからないことが多すぎて。
もう1回できたらだいぶわかるのに。
って思ったんですけどね、当たり前ですがもう1回はありません。

父の死がきっかけで、母も私も割とオープンに話せるようになりました。
正確には母が色々と伝えておいてくれるようになったというのかな。

「私が死んだらもう誰も伝えるひといないじゃない」
子どもが親に、親が死んだ時のことを話すのはちょっとハードルを感じますが、親から話してくれるのって大切だな〜と思いました。

変にタブー扱いせず、私も子どもには死も普通に話していこうと思っています。

「ママがもし死んだら、、」
「ママ死ぬの?」
「いやまだ死なないけど」
「もし死んだら、、ご飯は?」
「うん、、、」
年齢によって伝え方は変えていく必要があると思いましたが、お金や性の話と同様、死についても親子で向き合う時間は作っていこうと思っています。

話があちこち飛んでしまいましたが、私は母にも自分のエンディングノートのことは伝えています。
私にもしもがあっても子どもたちの生活や習い事がスムーズに継続できるように、連絡先やお月謝のことも細かく書いています。

どう死にたいかと生きたいかは、表裏一体

「どう生きたいか?」と聞かれると答えに窮しがちですが、
「どう死にたいか?」
と聞かれると、
「こうは死にたくない」とか、
「この人にそばにいてほしい」
って割と具体的にポツポツ答えが浮かびやすいです。

逆説的ですが、死ぬを考えると生きるが見えてきやすいと感じます。

エンディングノートは現在の自分の状況をまとめられつつ、いずれくる最期の時を自然と想像しやすいので、成人したら誰でも使ったらいいのにな、と個人的には思っています。

忙しい現代人はなかなか時間も取れないかもしれませんが、年末年始は少しゆっくりする時間もあると思うので、新年の抱負を考える時にページをめくってみるのもいいんじゃないでしょうか。

どう死にたいかわかる
  ↓
どう生きたいかわかる
  ↓
今日に集中して生きられる
  ↓
濃度の濃い毎日の積み重ね
  ↓
人生の濃度が高くなる


エンディングノート、おすすめです^^

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?