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【祝・映画化】 池波正太郎 仕掛け人・藤枝梅安 【ハードボイルド時代劇】

 今年2023年は、時代小説界の大家たいか池波正太郎さんの生誕百年の年です。それに合わせて、池波さんの小説を原作とする映画『仕掛け人・藤枝梅安』(主演・豊川悦司さん)が公開されているので、今回は梅安の話を中心に、池波さんの作品について少し書いてみます。

 池波正太郎さんは、戦後(昭和期)を代表する歴史&時代小説作家です。歴史作家としては、直木賞を受賞した『錯乱』や『真田騒動 恩田木工』『真田太平記』など戦国〜江戸時代にかけての信州・真田家を題材にした作品が特に有名です。中でも『真田太平記』は文庫本12冊の大長篇で、戦国時代に活躍した真田家の人たちーー真田昌幸(父親)と信之(長男)幸村(次男)の生きざまが描かれます。徳川家康を震え上がらせた親子、「戦国のヒーロー、武士の中の武士」として描写されることの多い真田親子ですが、池波さんは等身大の人間としての彼らの姿を浮かび上がらせていきます。

長野県上田市にある「池波正太郎 真田太平記館」

 時代小説作家としては、「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛け人・藤枝梅安」の三大シリーズが特に有名です。鬼平は中村吉右衛門さん、剣客商売は藤田まことさんや北大路欣也さん、梅安は渡辺謙さん主演のTVドラマも作られているので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

 小説家としてだけでなく、池波さんは随筆(エッセイ)の名手としても知られています。男性の歴史&時代小説家の中では最も女性の読者率が高い方だと思うのですが、多分、映画や料理、何気ない日常についてのエッセイに惹かれて池波さんのファンになる女性が多いんでしょうね。日本橋の「たいめいけん」や銀座の「天ぷら近藤」など池波さんのエッセイがきっかけで有名になった店も少なくありません(カバー写真は『鬼平犯科帳』に登場する軍鶏鍋屋の五鉄を模した店。多分、羽生パーキングエリアの鬼平江戸処にある)。

 池波正太郎さんの小説の底流にあるのは、「人というのは、良いことをしながら悪いことをし、悪いことをしながら良いことをするものだ」という哲学です。善人が時に悪を成してしまい、悪人が思わぬ善の心を見せることもある…池波さんの小説を読むと、人の世は単純な善悪や白黒で割り切れるものではないことがよくわかります。

 そして、池波さんのこの哲学を最も感じることができるのが「仕掛け人・藤枝梅安」のシリーズだと思います。
 何しろ、主人公の梅安も、梅安の仲間の彦次郎も、金で人を殺める暗殺者なのです。「それって、最低の職業だよね?」と思いそうになることなのに、池波さんの手にかかると、梅安たちを応援してしまう。決して「殺されるのが悪い奴だから、まあいいか」というわけではなく、男たちの迷いや心の闇、人の浅はかさと哀しさ…さまざまな感情が真に迫ってくるので、暗殺=悪という単純な断罪ができなくなってしまうのです。

 梅安シリーズは、短編十六篇と長編四篇からなるのですが、私が特に好きなのは長編第二作の『梅安乱れ雲』と長編第三作の『梅安影法師』です(第四長編は作者の死により未完)。この二作品では、梅安はふとした行き違いから、かつての恩人・白子屋菊右衛門の一味と死闘を繰り広げることになります。闇の世界を仕切る白子屋の意地と面子、望まぬ戦いに覚悟を決めてのぞむ梅安、梅安を支える仲間たち。これほどかっこよく、これほど哀しいハードボイルド小説が他にあるだろうかと思ってしまう作品です。

 今回の映画は白子屋との死闘ではなく、仕掛け人(暗殺者)としての梅安が描かれるようですが、梅安を演じる豊川悦司さんがはまり役だよなーと観てもいないのに確信しています。これまでは、梅安=渡辺謙さんのイメージだったのですが、豊川さんの方が池波さんの描写により近い気がします。
 梅安の親友役の片岡愛之助さん、梅安の恋人役の菅野美穂さんをはじめ、脇役に至るまで演技のうまい俳優さんが揃っていて、その点でも楽しみな映画です。

 池波さんの人気シリーズ『鬼平犯科帳』と『剣客商売』についても少し書いておきます。
 『鬼平犯科帳』は、主人公の鬼平=長谷川平蔵が率いる火付け盗賊改方の面々が盗賊たちを追いつめていく様を書いた捕物帳です。主人公の鬼平を中心に、欠点もあり、時には大きなミスもする部下たち、盗みや人殺しという悪をなしながらも、単なる悪人ではなく、それぞれに思いを抱える盗賊たち…彼らの織りなす人間模様が魅力のシリーズです。

 『剣客商売』は、引退した剣客・秋山小兵衛の活躍を描いたシリーズ。悪を懲らしめ、弱者を助けるのは鬼平シリーズと同じですが、火付け盗賊改という幕府の組織に属する鬼平とは違い、小兵衛は在野の元剣客ですから、悪や事件との向き合い方も異なります。ミステリでいえば、鬼平は群像劇型の警察小説、剣客商売は私立探偵ものということになるでしょうか。仕事が忙しくて過労死しないか心配になる鬼平とは違い、『剣客商売』では小兵衛と家族との語らいや食事風景、友人たちとの交流を描いた部分も楽しいです。

 池波さんの小説やエッセイは電子化されているものも多いですし、人気の三シリーズは映像化・漫画化もされているので、この機会に池波ワールドに足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。



梅安の全作品をまとめたもの。




さいとう・たかを版漫画。


武村勇治版漫画。


梅安の小説に登場する料理を描くスピンオフ。


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