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雪中に果つ 3(小説)


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酷く寒気がした。
体の芯が冷え切っているようだ。
そして、何だかムカムカする。気持ち悪い。
理由は分からない。
すると、今度は頭部に鈍い痛みを感じた。
この具合の悪さは何が原因なのか?
寒さに耐えきれず目蓋を開けようとするが、意思に反してなかなか開けない。
でも体が、本能が、覚醒を促している。
そして重い目蓋を、やっとの思いで開けた。
視界は、真っ白だった。
顔に、何やら冷たいものが落ちてくる。
今、自分がどこにいるのか把握できなかった。
記憶に膜がかかっているようだ。
ゆっくり上半身を起こしてみる。
屋外、それも雪深い場所にいることが分かった。
すると、モヤモヤした霧が晴れていくように
記憶が戻ってきた。

(そうだ。私は裕二と心中を図ったのだ。それなのに、なぜ私は生きてるのだろう? 睡眠薬が足りなかったのだろうか? しかも、こんな極寒の場所で寝てしまってたのに……)

そこで、真紀はハッとした。

(もしかして、私だけ生き残った?)

自分の前後左右に目を向ける。隣にいたはずの裕二がいない。裕二が背負ってきたリュックもない。
あるのはワインの瓶が数本だけ。なぜか紙コップは消えている。

(どういうこと? 裕二はどこ?)

真紀は頭を抱えた。
この状況を、どう理解したらいいのか……。
やがて、一つの仮説が頭に浮かんだ。

(まさか、死ぬのが怖くなって逃げた?)

その仮説を受け入れたくはなかったが、裕二のリュックも無くなっているということは、彼がここから
立ち去ったとしか考えられない。

「酷いわ裕二、私を見捨てたのね……」

一緒に死ぬと約束したのに。私だけ死ねばいいと思ったのね。
真紀は怒りと悲しみで震えた。涙が零れた。

(裕二はワインを呑んだふりをして、睡眠薬も服用したふりをしていた? ということ?)

裕二の裏切りは、真紀を深く傷つけた。
裏切られるなんて、予想もしてなかった。

(いったい、どこに行ったのだろう?
 まさか、もう車で帰途につき、今頃自宅でくつろいでるんだろうか?)

真紀は、居ても立ってもいられず立ち上がる。
一時、めまいに襲われる。

(心中するつもりが、単なる二日酔いで終わってしまったわ。全く、誤算だったわ……)

人間は、ちょっとやそっとじゃ死なないようにできてるのかしら。
真紀は大げさに溜め息をついた。

車を停めてある方向は正確には分からないが、勘を頼りに歩き出した。幸い、今は雪も降っていないし
日も差している。
まさか、昨日通ったルートをまた歩くことになるとは、想像すらしていなかった。
真紀は車があると思われる方向に向けて、ひたすら歩き続けた。
アルコールが残っているせいで、頭がくらくらする。
昨日と同様、深い湿った雪に足を取られ、急ぎたくても早く歩くのは困難だ。
裕二に裏切られたという思いに突き動かされ、ひたすら無心に歩を進めた。

真紀の勘は当たっていたようだ。前方に目を向けると林立する木々が途切れ、視界が開けていた。
その先に道路が見える。
ホッとした。
ガードレールを乗り越え、フェンスの脇を通る。
既に裕二は車でここから去って行ったと予想していた。だが、予想に反して車は昨日と同じ場所に停められている。
夜の間に降雪があったのだろう。
車の上に、雪が10センチくらい積もっていた。
運転席側に移動し、中を覗いてみる。
裕二はいない。もぬけの殻だ。

(裕二は、いったいどこに行ったの? とっくにここから逃げたと思ってたのに)

真紀はその場にしゃがみ込み、しばし考え込む。
例えば私が眠り込んだのを確かめた後に、
すぐにあの場所から立ち去ったとしたら、辺りは既に暗くなっていただろう。もし、その時雪が降り出していたら、視界も悪かったはず。
車に戻ろうとして、道に迷ったのだろうか?
そして道に迷い、力尽きて倒れてしまった?

(イヤだわ、そんなの……。そしたら裕二、そのまま死んじゃうかもしれない)

「ダメよ、裕二。死ぬ時は一緒よ」

真紀は心を奮い立たせ、立ち上がった。
再び山へと入り、今歩いてきたルートを引き返す。
裕二がどの辺りで道に迷ったのか、自分なりに推理しようとした。
注意深く周囲に目を配りながら、今度はゆっくり歩いた。

(裕二、どこにいるの? 自分だけ先に死んだらダメよ!)

酔いが醒めてきたら、今度は次第に空腹感を覚え始めた。だが、食料になるようなものなど一切持ってきていない。あるのは飲み残しの睡眠薬だけだ。

その時、ふと視線を横に逸らすと、崖のような作りになっている場所があることに気づいた。
昨日歩いたルートと、少しずれているのかもしれない。
崖の近くまで行き、谷底の方へ目を向ける。
思ったほど急ではなく、なだらかな坂のようだ。
何となく胸騒ぎがして、真紀は谷底の方向へ下りてみることにした。ゆっくり、注意深く進めば行けそうな気がした。
滑らないよう横向きになり、身を低くしてゆっくりと一歩ずつ下りて行った。
しばらくすると、谷底から人の声のような音が響いてきた。

「助けて、誰か、助けてくれ……」

裕二の声に似ていた。イヤ、裕二に違いない。
真紀は急いだ。

(やっと見つけたわ。裕二、死ぬ時は一緒よ)



        つづく












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