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私が見てきたリストカットの話

私はあの子の、彼女の、あの人の、リストカットをどうやって止めたんだろう。記憶が曖昧になってきたから、少し書き起こしてみることにする。

※今、自分がしているという方にはあまり気持ちの良い話ではないかもしれませんので閲覧はご自身の責任でお願いいたします。

三年四年かそれぐらい前の話。

私の周りの人がリストカットを止められない周期に一気に入った。

仕事上の関係の人も普通の友人もいたけれど、確かに10代20代の女性が周りに多かったらそれはありえることでもある。症例としては彼氏とか男性に話してしまうことが多いようなんだけれど、私はよく見つけてしまうらしい。

あの子はし始めた理由が明瞭でなくて、少し私へのアピール的なところがあった。本当に死ぬ意思がないような物で切っていたとしても、10代の若さによる勢いは他の件と明らかに違っていた。友人に話すのはやめさせた。途中こちらのメンタルが振り切れるかと思った。だからリストカット時の気持ちじゃなくて、傷のことだけを聞いた。リストカットの有無にかかわらず、話す時間を一定に保つことであの子の傷はなくなっていったのだと思う。一番苦労したといってもいいかもしれない。

彼女は、その時は彼氏がどうのといっていたような気もする。なので、私が直接でも間接でも原因にないのは明白だった。それでも平行しておきていた心拍数が下がるとか拒食とかからは生きたいという気持ちが見えなくなっていくようなものが多かった。今もその一部はある。なんていうか身体を痛めつけなくても私は話を聞くし、痛めつけたからといって早く駆けつけることも出来ないし、私の気まぐれで全然関係ない時に訪れたりするところもあるので、コントロール不可と向こうの本能が察してくれたような気もしている。リストカットの傷あとは深すぎて今も彼女の腕に残っている。

あの人は腕とか見つけやすいところではなくて、脚を良く切っていた。いや、切っていたのは私からは分かったのだけれど勘のいい人に気づかれたいという意図が見えたので触れないようにしていた。深くなりすぎていない傷が本当に死にたいわけではないということを確認しながら、他の部分の話を聞いて世界を広げることに注力した。気が付けば1年が経ち、彼女はリストカットをやめていた。

「私、昔リストカットしてたんだけどね、やめたよ。最近楽しいから」

そういうようなことを言いに来た時に、私は初めて知った顔をした。大げさすぎないように、良かったねと言ったような記憶がある。

リストカットを頭ごなしにやめなさいとは言わないけれど、その背景みたいなところにアプローチしないと変わらないよなあといつも私は思っている。

それから、パートナーや知り合いがリストカットをしてしまった人の目にも触れるかもしれないと思って、少し具体的なことを書き加える。大事なのは傷の深さではなく、勿論気持ちでも意図でもない。どんなもので傷つけようとしたかだ。包丁とかであれば危険だけれど、そうじゃない場合も多い。大げさに全部を受け入れようとすると過激になるし、頭ごなしに否定しても過激になるから、まずはゆっくりと話を聞くこととご自身のメンタルのために本当に緊急なのかどうかは確かめておく必要性がある。

体験談だけでなく、論文ベースの話や研究している方にもお話を聞きに行って、体得してきた私の今のところの解決法を記憶に残っていることをまとめてみた。

文章にしてしまうと少し冷静だけれど、私も何度も何度も当事者じゃない立場で、問題と関わることに悩んだ。だから、そんな当事者じゃない、誰かの話を聞いているあなたに届いたらいいなと思う。

グミを食べながら書いています。書くことを続けるためのグミ代に使わせていただきます。