#0164【鎌倉新仏教の興隆(日本史通史シリーズ)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。
今週は月初の日本史通史シリーズです。

鎌倉に幕府が出来ましたが、日本史においてこの意味は非常に大きいです。権力の中心が京都の貴族たちから、鎌倉の武士たちへと移行したためです。

この権力の移行に伴い、社会変革が起きるとともに新しい思想が求められるようになり、ダイレクトに影響をうけたものが仏教でした。仏教は過去にも、日本に公式に伝わったとき、奈良時代、平安時代と、時代の節目節目で大きな変容を遂げています。

鎌倉時代に鎌倉新仏教と呼ばれる現代仏教にも繋がる大きな流れ・潮流が発生しました。大別すると三つに分かれます。

1.念仏・・・南無阿弥陀仏と唱えれば救われる
 浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、時宗の一遍
2.禅・・・坐禅や公案(禅問答)によって悟りを目指す
 臨済宗の栄西、曹洞宗の道元
3.題目・・・南無妙法蓮華経と唱えれば救われる
 法華宗(日蓮宗)の日蓮

この鎌倉新仏教は、一つひとつ取り上げれば、一冊の本でも収まりきらないものですが、エッセンスだけでも伝わればと思っています。

まず念仏は、「南無阿弥陀仏=阿弥陀さまを信じます」と唱えることで救われるとしていますが、これは阿弥陀さまが「本願」を立てていることに由来します。

本来、仏教では出家して修行を積まなければ悟りを開くことができません。しかし、全員が全員、悟りに至ることができるわけではありません。

そこで、阿弥陀さまという先に悟りを開いた人が「悟りが開けないひとでも極楽浄土(阿弥陀さまの世界)にやってくれば(信じれば)、悟りを開かせてあげよう」という願いを立てました。

南無阿弥陀仏と念じることは、この本願を信じることなのです。

ポイントは、南無阿弥陀仏と言っても悟れるわけではなく、極楽浄土にいって修行をすれば悟れるという点です。これを信じれるかどうかですが、現世では南無阿弥陀仏と念じていればよいという手軽さが、下層農民も含めて広まった理由です。

禅については、修行を重んじていますが、全ての行動・努力には意味があって、意味がないというような、まさに禅問答的なものを目指していきます。

特に武士は、自分の力で悟りへと至ることができる禅を愛好し、臨済宗が幕府の保護を受けることになります。一方、曹洞宗の道元は「ただひたすらに坐禅をしろ」といった姿勢をみせて、地方の中小武士にそのストイックさが受けました。

題目は、念仏と似ているようですが、拝むものが違っています。念仏では仏様(阿弥陀さま)を拝みますが、題目では法華経という経典を拝みます。題目とは、お経のタイトルを意味します。

法華経という素晴らしいお経がある。これを信じれば救われると日蓮が唱えたのです。なぜ法華経を唱えたら救われるか?それは「日蓮がそう言ったから」という側面が強く、そのため鎌倉新仏教の中で唯一「日蓮宗」と個人の名前が宗派名として呼ばれることがあります。

こちらは、商工業者に受けました。念仏や禅は個人の問題ですが、日蓮宗にとって法華経という素晴らしいお経があることを世に広めることが重要である点が、ネットワーク・流通の要である商工業者に特に刺さったのでしょう。

非常にかいつまんでの説明となりましたが、新しい武士の時代に新しい思想が求められ、それに応じた宗教家が一気に現れたということが掴めればOKです。

以上、本日の歴史小話でした!

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