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「いつか別れる。でもそれは今日ではない」

今日は「いつか別れる。でもそれは今日ではない」という本を読破したので、その本からの気づきをポツリ。

内容的には現代を生きる人間が一度は悩んだことがあって、でも表に出すとどこか「何言ってんの」って冷たくあしらわれたり、「あんたそんなこと考えていたなんて、、、」というようなことを言えずに心の隅にしまっているものを代弁して赤裸々に綴ってくれている。
とでも言ったらいいだろうか。

あれは好き、これは嫌い。
と筆者の主観は入りまくりだが、自分の考えとマッチした時は相当納得がいく。
だよね、めっちゃ同じこと思ってた。みたいに

特に
「会いたい人がいるなら会いに行け
恋は恥をかくほど特別なものになるし唯一無二のものになる
相手に少なくとも忘れさせたくない恋愛をさせたいのなら思いっきり恥をかけ」
「嫉妬なんて我慢していていいことなんて一つもない
嫉妬を表に出せる人ほど強くて弱い
その弱さを自分で認識して自分が嫉妬されるような存在になってやれ」
という部分だろうか。

大好き。
なんか人間臭い感じというか、嫉妬も憧れも何もかも惜しみなく開示してくれる筆者が好き。文章が好き。

だけどこの意見は相入れないな〜と言う部分も結構ある。
え、そんなこと考える人いるんだ、まぁ他人だからそう思うこともあるか。くらいの感覚で本は読めるからいい。
これが対面で友人からシャワーのように話されていたらひとたまりもない。確実に、あ、やらなきゃいけない課題が溜まっていて帰らなきゃだから、と大学生みたいな言い訳をして逃げ出す。


会いたい人に会いにいくということは簡単なことではない
叶うことのない人に会いにいくことはできない
どんなところにいても叶うかもしれないけど、でも自分がこの世の中で生きている限りは亡くなってしまった人には会いにいくことは難しいだろう。
今の技術では。将来のことはわからん。

でもやっぱり私はその思いを持っておくことは大事だと思う
そして「会いたいな」ということには色々な動機があっていいと思う

自分を殺さないこと。
自分の「好き」には自信を持つこと。
自分の「好き」までブレてしまったら、何をして将来楽しんでいけばいいのだろうか、いいんだよ、他の人が同意してくれなくたって
全く同じ道を歩んできた人なんていないから、同じことを考えて、同じ嫌な体験をして、嬉しさを経験してきたなんて到底ないから
だから自分の「好き」には自信を持って好きな人のところまで走ったらいい。


もう一つこの本で好きな部分がある。
「人は自分の経験した壁の乗り越え方でしか相手を励ますことができない」
と言う部分である(若干の意訳を含んでいるため、本文を読まれることをオススメします)

これは特に自分にすごく刺さった。
人はそれぞれ違う経験をしてきていて十人十色
自分の壁の乗り越え方がその人に一致するかなんてわからない
だからいろんな経験を自分もしたほうがいいし、相手にその壁の越え方を押し付けてはならないことを絶対に覚えておくべきだ。

自分は不登校になったことがない、学校がすごく嫌いでも学校を休んだことはない
そんな強かったことはない。
そんな強い決断ができる子に伝えられることはなんだろう
自分は死にたいと思ったことはある、けどそんなことを考えた自分が怖かったし、恐ろしかった、だから何もしたことがない
でも本当にその崖っぷちにいる子にはどんなことができるだろうか

私の今の答えは、ひたすらな傾聴。
「お前にはわからないだろ」なんて言われたら、申し訳ないけど、「うん、わからない」と言おう。
本当にわからないから。でも聞くことはできるし、愛で包むことはできる。
ので、今の時点でに私の答えはこれだ。

「いつか別れる。でもそれは今日ではない」

今日、別れの日だった人はもしかしたらまたどこかで出会うかもしれない。

「またね」、と言った人とは会えないかもしれない
けど、「さようなら」、と言った人とはなぜかまたどこかでばったり会いそうだ

多くの新成人が晴れて成人式を迎えられたこと
とても嬉しく思います

きっと色々なところで様々な再会や別れがあることでしょう。
それできっと「またね」と言うものもいれば、今日で「さようなら」と言う人もいるでしょう。

でも同じ地球に生きてさえいれば、
相手に少しでも自分の「好き」を伝えていてその破片が残っているとすれば
また出会う可能性はあるでしょう
少なくとも私はそう思う

「いつか別れる。でもそれは今日ではない」

いつかの本当の別れは突然やってくる
今日がお別れだったかもしれない、
それでも、私にとってそれが今日じゃなかったことに感謝して今日も眠りにつこうと思う。

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