見出し画像

物語は、ここに

 この間、久しぶりに小説を一本書いた。

 数えてみると六年ぶりだった。前は書くことだけが全てだと信じて勇敢に臨んでいたのに、いつしか足が(手が)遠のいてしまっていた。最後まで書ききった時の気持ちは「なんだ、案外できるものだ」というものだった。

 自分の気持ちに蓋をしてしまうのはひょっとすると自分なのかもしれないし、同時に自分を甘やかせるのも自分しかいない。書ききれたということはそれだけ自分の文章に甘くなった証拠でしかないのかもしれないけれど、でもやっぱり書けたこと、その事実が単純に嬉しかった。

 小川洋子さんの講演をまとめた本をある朝読んでいたら、物語は誰の中にもあるというようなことが書かれていた。救われたような気持ちになって、電車に乗りながら思わずその部分を手帳に書き留めてしまった。私の中にもまだ、物語が残っているのかもしれない、という期待が胸の内に拡がっていく朝だった。

 きっとまた自分には物語という器を満たせるだけの感性も力量もないと嘆く夜が繰り返しやって来だろう。あるいは、自分が書き上げたと思ったものが物語でもなんでもないものに終わってしまうことも。それでも自分の中から物語を見つけて綴れる朝を迎えられることを目指して、心の内に、自分の外側に耳を澄ます。

 また、次の一本を書き始めよう。


https://monogatary.com/story/154810

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?