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読書感想 『バンド論』  「夢の中の人たち」

 もしかしたら今はまだ「男子」に偏る話になってしまうけれど、もっとも小さい頃からの「夢」の代表的なものが「プロスポーツのアスリート」、もう少し経つと「バンド」、もしくはミュージシャンや芸能人だと思う。


挫折を知らない人たち

 もちろん、それから年月が経つほど、その「夢」に届かないことを分からせられる人間は多くなっていき、そのうちに、もっと違うことへの興味も増えていき、仕事として選ぶのは、自分に合いそうなものや、やりたいことを選んで、さらに年齢を重ねていく。

 その時間の中で、本当にごく一部の人が「プロスポーツのアスリート」を仕事として選び、場合によってはもっと少ない人が世界的に活躍したりするのを知る。そうした姿をメディアを通じて見ていると、小さい頃からの「夢」をかなえている人と思い、誰もが直接的に、もしくは間接的に知っていた、あのスポーツ万能に見えた同級生でさえ、プロスポーツのプレーヤーにはなれないことがわかり、プロはどれだけ凄いのだと、自分とは関係ないこととして、改めて感じたりする。

 それと同時に、生活の中で音楽に触れることは程度の差はあれ、誰にでもあり、それは、プロのミュージシャンが制作していて、もちろん、その中には「バンド」という存在がある。若くしてデビューをし、その楽曲は才能とセンスだけでできているように思えると、驚きと同時に、もし自分も若かったら嫉妬も混じるかもしれないけれど、それでも、やはり、若い時の夢をかなえた人に見えるはずだ。

 だから、プロスポーツのアスリートと、バンドで活躍する人たちは、挫折を知らない人にも思える。

 ただ、さらに年月が経つと、アスリートは年齢的な衰えは避けられないから、どんな天才でも引退するし、バンドは次のヒットが出せないと、いつの間にか目にも、耳にもしなくなり、社会の厳しさのようなものを思う。

 でも、さらにごく一部の例外的な存在として、年齢を重ねても、ずっと音楽を、引退をせず、仕事として続けられている人たちがいる。その中でも「バンド」を続けている人たちは、どこか特別な存在のように感じることがある。

 そんな人たちは、まるでずっと「夢の中の人たち」のような存在に思える。

 でも、そういう人たちの言葉は、その専門的な分野では、断片的には聞こえてきても、一般的な場所で、まとまって目にすることはあまりないことに、この本を読んで改めて気がついた。(ただ自分が知らないだけかもしれないけれど)。

『バンド論』  著者 山口一郎(サカナクション) 蔡忠浩(bonobos) 岸田繁(くるり) 曽我部恵一(サニーデイ・サービス) 甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ) 構成・文 奥野武範(ほぼ日刊イトイ新聞)

 この書籍の構成はシンプルだ。

 パンドマンである人に、インタビューをする。
 それを構成する。

 インタビュアーは、そのバンドマンのファンでもあるだろうけれど、その熱気がインタビューイにも伝わっているようで、読んでいると、その言葉の交換の響きが読者にも届いてくるようだった。

 それぞれの言葉には、日常からは少し離れたような視点を感じる。

 例えば、サカナクション山口一郎は、小学生の頃から現代詩が好きだったようだ。

 現代詩の美しさに惹かれて、ひとりで詩ばかり読んでいたんですが、詩が詩のままだと、あんまりわかってもらえなかった。でも、それが「歌」になった途端、みんな簡単に覚えてくれるんですよ。

(「バンド論」より。以下、引用部分は、特に注釈がない限り、同著より)

 でも、山口のつくった音楽は、最初は多くの人に聞かれなかった。

 興味のない音楽を、興味のないままにやるっていうことは、嫌なわけです、やっぱり。
 でも……その、興味のない音楽の中に、おもしろいと解釈できる部分を、ぼくは、探したことがなかったんです。

 その部分を探しはじめたことが、自分の音楽を大衆性と結びつけていくきっかけになったのかなあと思います。 

 そして、実際にライブのとき、演奏者が、あの光の中で何を考えたり、感じていたりするのかは、気になってはいたけれど、それほど直接的な言葉も、あまり聞いた記憶もなかった。

 メロディと音楽という抽象的なものを、目の前の人たちに、直接、「振動」に託して届けようとするとき、ぼくは「祈っている」んだと思う。そして、そのことは、他のメンバーも同じなんじゃないかと。 

 メディアでしか見たことがないけれど、こうした言葉を、おそらく山口は真面目な顔をして、でも普通のことのように話している姿が浮かんだ。こういうことを、仕事として音楽を続けてきて、エンターテイメント業界のことは知らなくても、いろいろと神経を削るようなこともあったと想像できるのに、その中で10年以上も過ごしてきた人間が言えるのは凄いと思えるし、同時に、バンドを存続させることについても、山口は、こうした話をしている。

メンバーの中で、誰かひとりでも……自分たちのバンドや音楽というものと心中するくらい、バンドに埋没していかないとダメだと。それはつまり、自分のような人間が、これまで以上に。

 こうした覚悟を感じる言葉はなかなか言えないけれど、同時に、それは確かに本当のことなのではないかと思ってしまう。

やっぱり、リアルなんです、ぼくら。

夢の中の人

 この本に登場する人たちは、それぞれとても熱心なファンが存在するだろうし、私のようにそれほど詳しくなく、その音楽をあまり知らないような人間が語ってはいけないようにも感じるのだけど、でも、5人はそれぞれ違う。

 今年(2023年)、バンドを解散した蔡忠浩(bonobos)は美術家のようだし、岸田繁(くるり)は、まるで学者のような印象の言葉を残してくれていた。

 そして、この5人の中でも「夢の中の人」の感触を、個人的に特に強く感じたのが、曽我部恵一(サニーデイ・サービス)と、甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)だった。

歌い方とか、表現の仕方……とかが、すべて歌い手に委ねられていて、だからこそ、ただ歌詞の内容だけじゃなくて、その人の魂も生きざまも、ぜんぶが乗っかっちゃってるようなもの。 

 50歳を超え、音楽活動は30年になる曽我部恵一が、プロとして、こうして語れる凄さも感じるけれど、それがそのまま信じられるような気がするのは、一度だけ、かなり近くで曽我部がギターを弾いて歌っているのを見たことがあるせいかもしれない。それはアートのイベントで、そのときも、すでに長いキャリアがあったはずなのだけど、その目はびっくりするくらい澄んでいて、同時に、とても楽しそうだったから、印象に残っている。

身体も魂も……全身全霊、すべてが歌に乗っかっているときに、感動を呼べるんだと思う。そうじゃないと、やっぱり、人の心には届かないです。 

バンドの人

 そして、5人の中では、この書籍の中で最後に登場するのが、甲本ヒロトだった。それは、ある世代以上の感傷もあるのかもしれないけれど、最後を締めてくれるのにふさわしい存在のようにも思えてしまった。

できると思った。パンクを聴いたとき「あ、これならできる、誰よりもできる」って思ったんです。

最初から本気でやるつもりだった。一曲目からオリジナルを歌おうと思っていた。 

 こんな人は、普通はいない。だけど、今年で60歳になって、ずっとバンドで歌ってきた人に言われると、信じてしまう。

こうしてふつうに生きているときは、バンドの人でも何でもない。4人で集まって、ステージの上でガッてやった瞬間、そこに「バンド」が現れるんだ。

 これは、もしかしたら、どのレベルでも「バンド」をやった人であれば、濃淡の差はあっても感じることかもしれない。だけど、それを、何百回でも繰り返してきた人は、もしかしたら、地球上でも、それほどいないのだろうし、もし、他にいたとしても、これほど新鮮なことのように語れる人は、いないような気もする。

 あれになりたくなくなったら、バンドなんて辞めているよ。そうだよ。

 そして、その繰り返しの中で、気がついたことがある、といったニュアンスで、こうしたことも語っている。

 これはねえ、ある年齢になってから気づいたことなんだけど、ぼくは、一生懸命に歌を歌ったら、いろんなことが、うまくいくってことに気づいたんだ。

 何をしていいかわからなくなったとき、どうしていいかわからなくなったとき、ぼくは、一生懸命、歌う。歌を歌えば、絶対にうまくいくんだっていうふうに、バンドをはじめてずいぶん経って、大人になってから、気づいたんですよ。


 -------音楽やバンドに興味がなくても、もし、何かに悩んでいたり、困っていたり、毎日がつまらないと思っている人に、できたら、読んでほしい本だと思いました。

 言葉だけでできている書籍から、それだけでないものが、確かに伝わってくるような気がします。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。



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