読書感想 『社会運動の戸惑い:フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』 「知られていなかった重要な事実」
知らなかったことを知ったとき、知っていることは本当にわずかだと痛感する。
失礼だけど、この「ポリタスTV」の動画で初めて知った専門家で、しかも、もう10年くらい前の著書のことも初めて知って、読もうと思った。
その時は、どれだけ重要な事実が書かれているのを知らなかった。
『社会運動の戸惑い フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』 山口智美 斉藤正美 荻上チキ
学者2人と、評論家1人。それも、それぞれが完全に独立して別々の文章を書くのではなく、3人で綿密にコミュニケーションをとりながら書かれるような文献は、実はかなり珍しいのではないだろうか。
ただ、立場が微妙に違う複数の視線と思考があるからこそ、それまで明らかになっていなかった「重要な事実」を明確に見せてくれているのかもしれないと、読み始めて、すぐにわからせてくれるように感じた。
これは、シンプルに読み取れば、女性学・ジェンダー学者たちも、保守論壇も、正面からきちんと対立するのではなく、ずっと実態とは違う「敵」と戦い続けた不毛な時間になっているようにも感じる。
「ジェンダーフリー」や「バックラッシュ」といった言葉や概念は、私は恥ずかしいほど少ししか知らなかったけれど、こうした不思議な「戦い」が続いていたことに関しては、もっと無知だった。
そして、その最初に、誤読事件があったことも、恥ずかしながら、全く知らない事実だった。
「ジェンダーフリー」の誤読
この書籍で初めて、『「ジェンダーフリー」という概念は、米国のバーバラ・ヒューストンが提唱していた』という前提そのものが「誤読」だったことを知った。
この場合の筆者は、山口智美氏である。
この書籍を読んで初めて知った私のような人間が言う資格はないのかもしれないが、それでも、とにかく原典に当たれ、ということは、どんな場所であれ、少しでも論文に関わった人間は何度も言われているはずだし、何よりも前提が間違っていたら、実りある成果を上げるのは、とんでもなく難しくなるのは、常識と言っていいのではないか、とは思う。
「バックラッシュ」派の人々
特に2000年代に入って、フェミニズムに対する「バックラッシュ」の動きが激しくなった。
そんな歴史の大きな流れのようなことは、これも恥ずかしながら、ぼんやりとしか知らなかったのだけど、その「バックラッシャー」と言われる人たちの具体像については、この書籍で少しだけ分かったような気がした。それも初めてのことだった。
山口県宇部市の『日本時事評論』が行なってきたフェミニズムや男女共同参画への批判の内容。そのことがきっかけとなって、宇部市の条例が変わったこと。
千葉県にだけ、男女共同参画条例がない理由。
そこに至るまで保守陣営の中でも分裂があったこと。
世界日報のインターネット戦略の具体性。
福井県の「ユー・アイふくい」の「図書問題」の本当の問題点。
その出来事すべてに、フェミニズム側から見れば「バックラッシャー」と言われる人たちが関わっている。
だけど、この書籍を読み進めると、そこに関わっている人たちが「バックラッシュ」派と一括りできないほど、さまざまな違いもあるし、それぞれの事情も存在するし、もちろんただの怖い人でもないのは、分かってくる。
その理解を読者にも可能にしたのは、ごくシンプルなことのようだった。
まだ十分に有効な「主張」
この書籍が出版されたのが、2012年のことだから、すでに10年が経っている。だけど、個人的には、これらの主張は今でも有効性を失っていないし、まだ解決されていない課題ばかりにも思える。
この文中の「一〇年」と言うのは、この書籍以前の10年のはずだから、合計すると現在までは二十年間、ずっと、これらの課題は持ち越しのまま年月だけが経っていることになるのだと思う。
だから、詳しくない人間が、この書籍で得た知識だけで指摘するのはフェアではないのは間違いないのだけど、それでも、この20年で「失われていた」のは経済や社会のことだけでなく、こうした思想や思考に関わることまで「失われていた」のかと思うと、勝手な感慨かもしれないけれど、改めて重い気持ちになる。
おすすめしたい人
フェミニズム・ジェンダーに関心がある人はもちろんですが、社会運動とまで行かなくても、現状に少しでも異議を唱えたい思いがある人にも、おすすめできると思います。
社会の動きには、具体的な一人ひとりの思いや、言動や、実行が関わってきて、複雑な作用が働いていることも、かなり強く伝わってきますので、人間がつくる社会に関心があれば、必読の作品でもあると思います。
だから、かなり幅が広い人たちにおすすめできますし、読むと知的な新鮮さを感じられるのは、間違いないように思います。
(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。
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