【短編】 流氷を聴く
ずっとね、隠れて生きて来たんだよ。
キミだけに告白することだけど、ボクは犯罪者の家族なんだ。
どんな罪かって、そんなことはもう関係ないかもしれない。
時がねうんと流れたんだ。
でもボクっていう人間が生きてる限り、大切な存在だった人が犯した罪もね、ずっと残るんだよね。
ときどき思うよ。
苦しんで生きている意味はなんなのだろう...って。
「罪を残し続ける以上に、ボクは自分の人生に意味を残せない」
キミどう思う?
こんなどうしようもない告白に、キミはじっと耳を傾けていた。
そして、今年一緒にする予定のことを話し始めたんだ。
それは明日のことだったり、
来週の土曜日の約束のこと。
八月のキミの誕生日にやりたいこと。
二人旅のアイデアについて。
「今年、暖冬じゃなくて雪がいっぱい降ったら雪まつりに行きたいな」
「それより来春まで待って、流氷を見に行くツアーもいいね」
とキミは言う。
ボクはそんなに先の予定、立てたことなんてなかった。バカみたいだけど予定って、未来についてのことなんだね。
少しだけボクも決定事項じゃない予定、立ててみようかな。
それはたとえば、たくさん降り積もった雪の上を、初めて歩き出すようなものかもしれないね。
どこまで歩けるか、それを楽しみにしてさ。
そうして雪は、できたそばから足跡を消していくんだけど、跡を残すために歩くんじゃないよ。
真っ白な雪原で自分の足跡のその先を、一歩ずつ歩いてみたいんだ。
「今年の冬、積もるのが楽しみだね」
そうキミは言った。
この日からボクの心に雪が降っている。
積もる雪は音を吸収していくんだ。
吸いこまれた音に雪は幾重にも重なって、
ただ シンシンと シンシンと。
雪で覆われた場所は、静かで暖かいんだね。
知らなかったよ。
雪がとけだす前に流氷を見にいこう。
雪が吸い込んだ音たちは、海上で氷に閉じ込められているんだ。
春が来るとき、その氷は動き出して音をたてる。
ボクは流氷を聴きたい。
今までの音をぜんぶ聴いて、流れていくのを見ていたいんだ。
そう言うとキミは微笑んだ。
伸びやかでたおやかな春の風のよう。
氷を遥か沖に流してくれるもの。
そう、春風だったんだね。
キミは。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?