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四コマ漫画みたいなノリで書けないかなと思い、始めたショートストーリー集です。
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記事一覧

サマー•ライアー【Q】

before episode… ☟  十三回忌を終え、夏の夕暮れが村に訪れる。  酒に酔ったアツムはにへらと笑いながらナツキに絡んだ。  幼いころからナツキはアツムに対して誰かを演じているような違和感を抱いていた。が、アツムは問いただす度に人懐こそうに笑って躱すだけだった。欺かれているのに気づきつつも、ナツキはそれを良しとして受け入れ、アツムに接してきた。  アツムはできることならば全てを話したかった。だがナツキに対し、そういった態度をとってしまうのは、彼にとって心を許せ

サマー・ライアー【堕】

before episode… ☟ 「わたしだけのアツムでいてね」  その問い掛けに対し、幼いアツムはノータイムで頷いた。  アザミはアツムのことが好きだった。  ナツキはいつも五月蠅くその割にはリーダーシップをとる力がない。それに無遠慮に頭を撫でたり、体を触られるのは気持ちが悪かった。だからアツムに目が行った。わけではなかった。  アツムはナツキと知り合う前から親同士のつながりで一緒にいることが多かった。アツムはアザミと二人きりの時はよくしゃべった。彼女の手もよく引っ

サマー・ライアー【序】

 その濁流に触れれば最後だ。引きずり込まれ、あっという間に呼吸は奪われる。入り乱れる水流は幼子の身体を容赦なく蹂躙し、飽きたかのように岩底に叩きつける。  3人は滝壺の前で手を繋いでいる。歳は皆、同じく十四だ。右の少年、ナツキは二人より半歩前で、小指にまで力を入れて踏ん張っている。左の少年、アツムは半歩後ろで瀑布の轟音を聞きながら二人分の引力を感じている。そして真ん中の少女は震えながら言った。 「ナツキ、アツム。せーので、で行くから」  ナツキは妹をなだめるように少女の頭

ケロケロ・アイスクリーム

 歩行者信号の青が点滅していても、ワタシは走るどころか、早歩きさえしなかった。間に合わず赤になって立ち止まった時、彼からのLINEに4日ぶりに既読をつけた。 〈エリカさ、  オレと付き合ってて楽しい?  オレは、分かんない。楽しくないのかもしれない〉  ワタシは彼のことが今も好きで、弁解しないとならない。それでも、何も打ち込めないでいると信号が青に変わる。  酔った男女が互いを支えにしながら歩いてくる。横断歩道の向こうにはコンビニが見える。歩行者信号が点滅し再び赤に変わる

9.5カラット

 だらしない母はいつも妹のように私に甘えてきたが、時折、母らしい顔をすることがあった。この時も母は、母の顔をしていた。だからこそ、私はもう二度と母がこの家に帰ってこないのがわかった。村中から''売女''と揶揄された母は私に別れの言葉を残していった。 「女の涙は飾りじゃない。だから、然るべき時に使うの。そうやって強かに生きなさい」  両肩を掴み、母は私に向かってわかったかと念押しをした。  それからキャリーバックのキャスターが石畳の上を転がっていった。雨音のようだったが、そ

プレミア・タイム

 朝起きて、まず煙草を咥える。  それからカーテンを開けて立ち上がる。キャバクラでもらったライターはベッドと柵の隙間に挟まっているから、手を突っこみ拾い上げたら火をつける。長く吸うと先がちりちりと静かに燃え、彼は朝日を浴びながらそのままベッドに仰向けで倒れ込んだ。  天井に向かって昇ってゆく煙の先を彼は見ている。倒れた振動でも胸に肺は落ちなかった。  彼はその日の行く末をこうして占う時がある。そういった日は大抵、なにか楽しみな予定がある日だ。  梅雨に入り、連日ぐずついた天

アンビエント

「お買い上げありがとうございました。おやすみなさい」  老婆に雑貨屋の店主が頭を下げる。家に帰った老婆はラジオを聴きながら買ってきた鉢植えに月下美人の種を植えた。  老婆の家の庭の前を老人が通りかかる。皺と血管が幾つも浮かぶ手を引くのは黒い犬で足取りは鈍い。  犬と目が合った学生は自転車に跨り、総菜パンを咥えている。  学生たちが帰った進学塾の明かりは消え、講師たちが家路をたどる。男の講師が女の講師を飲みに誘うが断られてしまう。  誘いを断った彼女は姉夫婦が営む珈琲屋へ向か

レット・ミー・アウト

 フラッシュバック程、酷くはない。だが生活に躓くと、根付いた疎外感や絶望がふっと芽吹く。どうやらその周期がやってきたようだ。 「その曲、好きなんですか?」  例えば幼い頃から頼りにしてきた、縋ってきた曲を君が聴いていたとして、誰かに興味を持たれたとする。  好きと応えるとその人も好きと答え、両者には接点が生まれる。  その接点は相手にとって接点でしかない。が、過去の傷を優しく撫でてくれるような曲だから思い入れが違う。つまり、接点がやがて接線になるんじゃないかと期待してしま

アイ・ドント・ライク・ユー

 いつか頂上までいってみたいね、と言いながら眺めていた裏山へ先に登ってしまったのはセナちゃんだった。だからこんな山道を易々と進んでいくのだろう。軽やかで、しなやかで、忌々しい彼女はいっつもわたしの前を歩いている。  言ってくれればせめて学校のジャージに着替えたのにと思いながら、わたしはさざめく木々を見上げる。  ローファーの先が土で汚れ、太腿が痒い。お姉ちゃんにせっかく磨いてもらった爪を気遣っている余裕はなく、わたしは岩や地面から露出した木の根を掴み登っていく。  見上げ

サンデイ・レイン

 黄砂が降り始めたのは日曜の昼過ぎからだった。  社会人になり、初めて出た給料でローンを組んだ彼はホンダの旧車を中古で買い、何度もリペアしながら乗っていた。だが今の彼が乗っているのは真っ白なエコカーだ。  ボディに覆いかぶさった黄砂を水で流していると家の中から金切り声が聞こえる。彼がリビングに小走りで向かうと、彼の妻がテレビの前で怒鳴っていた。  彼の妻が指をさしているのはテレビ台で、リモコンがテレビ台の横に置いていないことに対して声を荒げている。  彼の妻が声を荒らげるのは

サステナブル・ハビット

 明け方の渋谷のセンター街で、若者たちがオアシスのDon't Look Back In Angerを歌っている。アルコールに侵された彼らの脳では英詞を上手く発音できないのだろう。分からないところは強引にハミングで誤魔化し合ってはいるが、皆楽しそうだ。  日本から8167㎞離れた街では今日もミサイルが降り、遺体にはブルーシートが被せられ続けている。遠くで爆撃音を聞いた家族はベッドから起き上がり、身を寄せ合いながら家の外に出た。  一足遅れて寝袋から出た彼は居候中のカメラマンで

ハイアー・ザンザ・サン

 ヤツは今頃、ハワイの上空だろう。  半年前に別れた彼女から連絡が入り、先月の終わりに俺は彼女と再会を果たした。  だが、その逢瀬は復縁の申し込みや一夜の過ちといった浪漫が絡んでくるものではなく、彼女にとって、俺との再会はただの回収作業だったのだ。こうして、半年前に計画したハワイ旅行のプランは、センターパートでイギリスと日本のハーフらしい証券マンの手に渡った。  解体工事の現場の昼休憩中、惣菜パンをいくつか買うと俺は再び現場に戻った。  2つ年下の後輩が先月結婚したらしく

パラレル・ゲイズ

 視線の先の彼女は、背を丸めていて、静かに鼻で息をし、先月思い切って染めた赤茶色の髪がよく似合っている。ベッドを抜け出た彼はテーブルの上に放置されている明太子クリームパスタにラップをかける。一口だけ残っていて、皿の余白がやけに目立って見えた。  昼過ぎに起き、元アイドルで今はYouTuberとして活躍している女性の質問動画を眺めているうちに彼女が起きた。  午後3時半すぎに、2人は洗面所で歯を磨き、夕飯の買い物へ出かける。  外は寒く、彼が意見を譲らなかったため今日はカレー

プライマリー・カラー 〈Wの章〉

 彼は都内の飲食店でバイトをしているらしい。確かにと透香が思ったのは、体を撫でる指先がひどくかさついていたからだ。透香の両腕を押さえつけ、貪るように、あるいは今夜の居所を探るように、彼は柔肌に顔を埋める。30過ぎの熟れかけの身体でも需要がある。それは単純に嬉しかった。頬のニキビ跡が気になったものの、そこそこ顔立ちも整っていた。だがエサになったような気分がずっとあり、透香は行為に集中できずにいた。  対する彼は透香の身体に溺れていた。会話の中で同年代にはない落ち着きと色気を感じ