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トビタテ8期生へ激励の言葉 - 今日の幸せを、明日の当たり前に。【2023年6月11日壮行会】

 2023年6月11日に文部科学省で行われたトビタテ!留学JAPAN高校生等対象第8期生壮行会において、私が先輩トビタテ生代表として行った激励スピーチです。
別日程だったが聞きたかったという8期生からのお声が多く、また私もすべての8期生に伝えたい内容であると感じていたため、原稿を公開させていただきます。

 当たり前に生きているだけでは、当たり前のことにも気づけない――これは特に、社会問題を語る上で重要な態度です。
「難民を受け入れることに反対だ!」――このような声を聞いたら、あなたはどう思うでしょうか。
 申し遅れました。トビタテ高校7期、アカデミックテイクオフコースのしとみです。「前田夏輝」という名前もあり、普段はそちらの名前で生活しています。
私は高校3年生の夏、「人は差別を克服できるか――多様性の『本音』と『建前』をめぐって」というテーマで、イギリスはイングランドへ留学しました。
 ロンドンで街頭インタビューを行っていたところ、現地の高校教師の方からこんな話を聞きました。
近年のイギリスでは中東情勢からムスリムの難民の受け入れが多く、その先生が受け持たれているクラスでは生徒の半分がイングランド人で、もう半分はほとんどがムスリムだそうです。
ところが政治的・宗教的理由から両者はいがみ合っており、教室は壁一面がムスリムに対しての、あるいはイングランド人に対してのヘイトスピーチで埋め尽くされているそうなのです。
その先生自身はイングランド人なのですが、彼らの争いに何も関与していなくても一方的にムスリムの生徒に車を壊されたり、塩酸をかけられたりするといいます。
それを「あの生徒たちは私がイングランド人であるというだけでこのような危害を加えてくるんです。これは人種差別ですよ」と上司に報告すると――あろうことか、「いや、それは差別じゃないさ。だって、君は白人だからね」と言われてしまったそうなのです。
しかもその先生は、こうした事例はその学校に限ったものではなく、多くの学校が同じ問題を抱えていることを教えてくれました。
 ロンドンは住民の4割が外国生まれと言われており、日本のどの都市と比較しても人種的・民族的多様性が豊かといえます。
そして日本が難民をあまり積極的に受け入れていないことが問題となっていますが、イギリスは非常に多くの難民を受け入れてきました。
これらは一見して、非常によいことのように思えます。
 ですが数字のうえでは素晴らしくみえても、これは本当に多くの人を幸せにする政策であると、手放しに賞賛できるものでしょうか。
あるいは、多様性と人権擁護のために日本も同じ政策をとるべきであると、確信をもって主張できるでしょうか。
 私はイギリスのこの政策を、この場で批判するつもりはありません。ロンドンで目にした差別の現状と同じだけ、共生する人々のささやかな幸せに触れてきたからです。
 ただみなさんにひとつ、私が持っていて役に立った心構えというものを提示したいと思います。
ここにいらっしゃるみなさんの多くは、留学先の国や地域に日本よりもよいものがあって、そのよいものを学んで日本に持ち帰りたいとお考えでしょう。
しかし、その留学先でさえうまくいっていないこと、あるいは、留学先ではうまくいっていても、日本では同じやり方は通用しないであろうことにも、目を向けてほしいのです。
理想とは、いつだって現実の上にあります。
現実を直視せずに立てた理想は、ただの妄想にすぎません。

もし日本ではうまくいっていない点ばかり、留学先ではうまくいっている点ばかり気にしてしまうと、偏った見方しかできなくなってしまいます。
広い世界を見るために日本をトビタったのに、逆に視野が狭くなってしまっては、本末転倒ではないでしょうか。
 広い視野をもつ上で最も大切なのは、「ある考えが進んでいて、ある考えは遅れている」などと、考え方に優劣をつけないことです。
日本は難民を積極的に受け入れるべきではない。
日本は火力発電をやめるべきではない。
入学試験に女子枠を設けるなどのアファーマティブ・アクションに反対だ。
これらの考えは保守的に感じられたり、あまり快く思えなかったりする方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、相手の立場や考えを根本的に尊重しなければ、生産的な議論は成り立ちません
 これは私の個人的な願いですが、みなさんには、「私は進んだ考えを持っていて、あなたは遅れた考えを持っているのだから、あなたも進んだ考えを理解しなさい」と押し付ける人ではなく、「私とあなたは異なる考えを持っているから、合意できる点を探ろう」と議論をリードできる人――人の上に立つ存在ではなく、人の前に立つ存在――であってほしいと考えています。
 そして、前を往くあなたを、支えてくれる人の存在も忘れてはなりません。
トビタテ!留学JAPANは、100%民間の企業様や個人からのご寄附によって成り立っています。
いま一度、支援者の皆様に、深く感謝を申し上げます。
誰かが生きるためのお金を、私たちの未来を信じて投資していただいています。
すなわち私たちには、留学とその後の人生を通して、ほかの誰かがよりよく生きられる世界をつくる使命があります
 みなさんの留学が、楽しいものであれ苦しいものであれ、よいものになることを、心より願っております。
今日の幸せを、明日の当たり前にするために。
ありがとうございました。

令和5年6月11日
先輩トビタテ生代表 しとみ / 前田 夏輝

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