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その欠落に用がある ー 創作のオタク、「最悪にも程がある」を読め。

皆さんこんばんは、私はオタク。唐突ですが百合の話をします。
こいつが好きだ、頼む、みんな読んでくれって言う気持ちで書く。

きっかけは2年前。その時俺はtwitterをしていた。俺のMacは常にdeckを開き、常時5つくらいのリストを同時に見ている。その中には艦これから二次創作や同人創作者にドハマリした時「これもうフォローしきれねえな」と思って片っ端から絵描きや字書きを放り込んでいった創作系リストがあり、それを眺めていたら度々現れる漫画が目についた。
後に「最悪にも程がある」と名付けられることになるその創作漫画は俺の頭に変な角度で刺さった。

作者はいとう階さん(Golem,Inc.)。今読むと割とほのぼの(ほのぼの?)しているが、このtwitter版を元に出された書籍版を読んで俺は狂わされることになったので、お前らも沼に沈めの念を込めてこれから萌え語りをします。
全編レビューです。よろしくお願いします。


#1  最悪にも程がある

書籍版はコミティア122で頒布されたのだが、1巻に収録されている1話はpixivで読めるのでまず読んでください。ネタバレをしますので。

twitter版とは若干の設定の違いがあるものの大枠は同じ。狂乱オタク百合物語。
ラブホ女子会をするオタク仲間3人。
「私だってそりゃ地味で面倒なオタクとも言い切れない何かだけどこぜさんとアスタ先生と同じもの見て盛り上がれて嬉しいんすよ」
「死ぬまで3人でバカやりたい」からの就寝足元百合セックスですからね。
「いやいいよ 気にしないで」と言ったのは音量のことであってお前らの
まぐわいのことではない。ラブホ女子会で本来の使い方をするな。
ツイ版と同じなら仕掛けたのはこぜさんからのはずだがこの女、人の心がなさすぎでは?

そして人の心がない女パート2、モノローグと共に登場するイカれた狂信者こと名波茉莉也。

虚空に向かって
吐いた言葉で
会ったこともない
人の人生を
燃やし尽くせる
人がいるのだと

考えたことはなかった

名波は異常者だけど純粋で行動の一貫性が保たれているので見ていて安心できる。あと顔がいいし胸がでかい。ショルダーハックから得た情報を元に突撃したり深夜の連ツイをローカルに保存したりする女と仲良くなれるギギコもたいがい異常者である。
自カプに対して「わかる」と言われて食い気味に長文早口オタク語りしてしまうギギコ。「呑みに行きます?」と聞かれ一度は断るも追撃に即オチするギギコ。クラフトホリックの目線すら気になってしまう繊細なギギコ。
名波、「でもびっくりしたでしょ 隣でそんな、ねぇ 女の子同士」と言いながら女の顔をするな。

「人間上手くないと人間関係は組めないんだ」のくだり、心当たりがありすぎてルーマニア人の双子に弄ばれるマフィアになった。これは自分のために書かれた物語だ、と思わせられる作品は強いですね。太宰か?
「人間関係の内側に入り込めたためしがない 部活もサークルもクラスも全部ダメ」と言う人間にピッタリ寄り添いながら「大丈夫です 今の先輩はいい話が書けますよ」とかいう名波後輩悪魔でしょ。

大抵の人間の苦しみに価値なんかないわけで(ほんと?)、それでもあなたの苦しい人生に戻れ、自分と向き合って苦しめ、つまり私のために踊れと真っ向から言える名波。そして命を削って「愛と阻害の全て」を書き上げるギギコ。この関係性に信頼しかねえ。名波、話を読む前に先輩のお腹を踏んで興奮するな。

「文字書きなんかじゃなくて文字の羅列そのものになりたい」
作者でなく作品に、という願いはそれらが同一視されがちな昨今のアレコレの話でもあり、ペルソナとパーソンの話でもあり、自意識と自己愛の話でもあるかもしれない。それはそうと「私自身のことを蔑みも有り難がりもせず文字だけを愛しててくれ」という言葉を澄ました顔で聞いているその後輩は多分作者にも並々ならぬ感情を抱いていますよ。
でも文字だけを愛してくれと言った手前、パンツの有無が作品に負けることくらい享受しようね先輩。


#2  登れども地は見えず

1巻収録。pixivでは公開されていないがツイ版でいう山登りのシーン。書き足されたのは主にアスタ先生と名波の邂逅。本は通販で買えます。

ちなみに1巻はデザインが変わって再販しており、新デザイン版は持っていないので買い足したい。本題だが、ネタバレは避けたいというか話は読みながら流れで確認してほしいのでポイントを書く。

・登れホーリーマウンテン
・口説かれて(?)女の顔になるな
・山頂、飲酒、ご就寝
・アスタ先生の心を読む名波くんの顔
・ギギコ炭鉱のカナリヤ説

以上、何を言ってるかわかんないと思いますが俺もちょっとよくわかんないです。愛されて育った人間が悪意や危機に鈍感、というのはよくある話で、だから地雷を踏みまくりながら生き延びてきた人間に自分に無いものを感じて曖昧に惹かれてしまうのだろうか。

巻末のあとがきでは、今まで比較的硬めの質感で描かれてきたギギコの柔らかい女性的な表情とスポーティなファッションのギャップが素敵な絵が見られるので是非紙でご確認ください。


#3  おぼえているときもある

2巻に収録。ほとんどはpixivで読めます。

が、割と重要な事柄がその後のページに描かれているので買いましょう。
あと扉絵のギギコのお腹がヤバい。

pixiv掲載分に沿って喋ります。
コスプレ売り子は断るギギコ。文字の羅列そのものになりたいわけだからそこの混乱は受け入れがたいよね。
それをわかってる意地の悪い名波の質問に意地悪く答えるギギコ。この時の顔かわいい。コンテクスト重ねて軽口叩ける信頼関係にニヤニヤさせられる。
「読者に興味はない」とか言うから名波も「先輩私にも大して興味ないですもんね」って言ったのに『君のことは見てるよ、特別だよ』ってもうラブコールでしょうが!いいかげんにして!そういうとこだぞ!
名波後輩動揺したのか急にご飯とかお茶とか言い出しますけどツイ版で言ってたとおり食欲は性欲のメタファーなんでしょうか……

そうやってイチャイチャしてたと思ったら謎の白髪長身眼鏡女・灯が出てきてギギコを本名で呼ぶわケンカするわ昔の話を匂わすわで名波完全に置いてきぼりになるしこれ完全に「女女過去の女」じゃん!って叫んだ。
でも消えたと思ったら秒でストーキングする今の女。勝てない。
灯は灯で「あの子の一番美しかった時期は知ってるけど」つって宣戦布告する。一人の女を挟んで殺伐とする女と女、百合ですよね。

川岸様、長髪ポニテスラックスで一人称僕は人を狂わせますよ。
灯、初対面の相手に卒アルロリ自慰報告は狂っていますよ。

もう手に入らない、消えてしまったものの幻想を追い求める灯。
「本当に綺麗だった〜」から始まる独白、こんなにも美しい執着の言葉を俺は知らない。昔の川岸桃子と今のギギコの対比、昔の作品と今の作品、ここでも文字書きと文字そのものの関係がオーバーラップしている、気がする。
それはそうとこの一連のシーンの名波、マジで顔がいい。

偏執的なまでに整えられた灯の文章にギギコは一旦は打ちひしがれるけれど、名波と一緒に立ち上がる。少年漫画のようなアツさがある。
過去の女より今の女ですね。過去の女を取る展開はそれはそれで大好きですが……。
自意識拗らせ先輩だけど、『君の愛を道標にして私は進むよ』ってなかなか言えることじゃないよ。この信頼関係が尊い。
「頭のおかしい女を連れて方角の終末までブッ飛ばすの 嫌?」
「この世の果てでも地獄でも一緒に」
台詞回しがアメリカン・ニューシネマとか洋画っぽくてシビれる。

ここからは本にのみ収録されているシーンですが、大まかに言うと以下のとおりです。

・モサッ… ヒエーッ
・お前やっぱまだ好きじゃん
・すごい黒幕感

以上、よろしくお願いします。


#4  回転し流転する

3巻収録。pixivで本編が全部読める。太っ腹過ぎやしませんか。

紙の本にはおまけとして設定集がついているので買いましょう。
おまけ2として「漫画とその他」にアクセスできるQRコードも付いているのですが、付いてはいるんですよ。

川岸が体調を崩したので家に来ておかゆを作る名波茉莉也。エビの背わたをしっかりと取っているところがいい。
親類を殺して昔の友達との旅行から帰る女、あまりにも愛が重い。
私は裸見られているのに(自業自得だが)お前の裸は見たこと無い〜って子どもみたいな文句に聖書を引用するな。そして躊躇なく脱ぐな。
割と本気でダルい川岸の自意識。名波は人間のフリがうまいもんな。
ナルシシズムとコンプレックスの間で揺れる川岸。読者に興味はないけど名波は特別だから仕方ないよね。

川岸 "童貞" 桃子震えすぎだろ子鹿かよ。繋がりたいけど踏み出せない。
高校生、自分の好きに生きていいと言われてアイデンティティを見失う名波。他者の価値観に乗ることでしか生きられなかった彼女のこれまでの人生を燃やし尽くしたギギコなんですよ。名波の自我を芽生えさせたんですよ。
別件ですが私は黒髪ロングで胡乱な目の女に脆弱性があります。
しかしきよちゃんここから関係続けてんのヤバいな。車内のシーン、もしかしてあなたわかってて帰らせましたか?

コンプレックスを拗らせに拗らせピエロと化す川岸、キレる名波。当たり前だろ人間下手か。下手だったわ。自己の抱える矛盾と向き合うのがいかに辛いことか想像に難くないけどこれを言われた名波の気持ちを考えると本当に辛い。
川岸 "処女厨" 桃子本当にかわいそかわいい。これ名波の相手が女だとわかって余計にダメージ受けましたね?

夜回り。孤独と自意識とナルシシズムを煮詰めて出来上がった自身を客観的に見るための文章。回転する川岸。
「夜闇に紛れてどれだけ嘘をついた所で お前に全部洗い出されてしまうんだね」 台詞回しと構図が完璧すぎる。

闇夜の告白。名波の前ではもう自分を守る嘘もつけない。流転させる名波。
愛する名波の肌に自身の愛を直接刻む行為あまりにも官能的でクラクラする。
文を書くのが好きな女と、文を書くのが好きな女の文が好きな女。イカれた女二人のロードムービー。転がる岩、君に朝が降る。
たどり着く先に何があるのか楽しみにしている。


程々 「最悪にも程がある」短編集

番外編。3編からなる短編集。

メロンの推薦文は面白いのが多いけど『オスのカブトムシ同士の交尾画像を見て楽しいのか、疑問を感じて相方に尋ねる女性☆』は文として強すぎる。

上記の通り、全然程々じゃなくてあまりにも鋭い。
以下、普通にネタバレしますが読んだ上で買ってくださいね。

■甲虫の愛

初手甲虫ホモセックス。これを「エロ画像」と言う川岸。そりゃクラフトホリックも隠すわ。
ガラケーエロサイトの入会金表示心当たりがありすぎる。

#4の告白の話 。「好き」って言うのにめちゃめちゃ照れてる川岸と冷たい目で辛辣な言葉を吐く名波。確かにその女に人の心は無いがお前も大概だぞ。
作者と作品の関係性を執拗に問う。お前らずっと同じ話してんな。
手を組み合わせるシーン、セックスですよね。当然オスのカブトムシ同士の交尾は繋がっていると思うんですが、名波との関係が変化したことで川岸が文章を書けなくなる伏線だったりしませんよね。
詫び虫を送るイカれた女。
言葉にすれば陳腐になってしまうものを言葉に昇華できるのが川岸だよ。多分ね。

■痛みは時の矢

自分で自分の指を折る女とスナイデルとダイアナで武装する女。
ところで私事ですがメイド喫茶のメイドが休憩中に煙草を吸っていたりする絵に弱いんですが、スナイデルとダイアナを着て「ん〜おいし〜♡」とか言う女が心知れた女と雑な居酒屋で酒と焼き鳥をかきこみ泥酔する姿も似たような趣がありませんか。多分こいつ一番擬態がうまい。人間関係にマジ。アスタ先生かわいそうですね。

高身長女性が成長痛に苦しむやつだ!twitterで見た!
中学生川岸への執着がヤバい。郷愁。憧憬。痛みは時の矢。あの頃の手触りを思い返すための手段。
灯さん今気がついたみたいな顔してますけどもしかして左手中指にもなにかありましたか?

■自我が来たりて笛を吹く

エスちゃ!!!!!!!!!!!!!!


おわりに

長文にお付き合い頂きありがとうございました。
僕は基本的にただの消費者なのですが、消費者なりに観測精度をあげようともがいています。
しかし、至らぬ点、取りこぼした点、解釈違いな点など多々あると思いますので何卒ご容赦を。頼む、ブロックしないで……。

「最悪にも程がある」シリーズは百合漫画であって当然女性の関係性がメインで話が進んでいくのだけれど、その上に現れるのは人間の欠落なんですよ。多分。ほんとに?
登場人物たちが抱えるそれぞれの欠落に魂を削りながら向き合っている姿が胸を打つのだと、そう思います。
この漫画に出てくる人たちは言葉遣いが特徴的で、それは他のフィクションの中での比較という面においてもそうなんですが、すごく口語的なんですよね。
現実世界の会話を文字起こしすると辻褄が合っていなかったり意味が通らない話になってしまうことがままあり、それでも人間はそれを補正して解釈できてしまう。それをそのままフィクション上の会話にしてしまうと読者は混乱してしまうのですが、そこの調整が絶妙な塩梅で人間が喋っている感じが出ているな〜と感心しています。
また、いとうさんの絵は線を1本でくっきり描かないことで画面が3次元的に視えるというか、立体感と奥行きが出ているのが好きです。
次巻も楽しみです。いつまでも待っています。

ちなみに俺はこの記事を書くために全編5回くらい読み返したあと2017年5月17日付近のいとうさんのツイを漁って解像度を高めています。異常者なので。当時も今とお変わりなく楽しそうにお話されていて信頼できる。
ふと見かけたこぜさんの彼氏妙な現実感がちょっと怖い。


さて、このnoteでは「最悪にも程がある」シリーズに絞って話をしましたが、俺はいとう階さんの作品のファンなので他作品も簡単に紹介します。

・さけのうおでんもうにむらがる

百合SF短編集です。
料理×ARを題材とした「最愛の一皿」、可能世界論×計算アルゴリズム×昭和の「君よ無限の河を穿て」、サイバーパンクを現代から斜に眺める「さけのうおでんもうにむらがる」の3本を収録しています。

いとう階さんは言わずとしれた百合とSFのオタク。
SFマガジン百合特集に書かれていた記事もよかったです。

・良い旅を(Avalon~bitter~収録)

同じく百合SF。girls×gardenからの百合アンソロに収録された作品。
任務中に襲撃にあい、人間が住むのに適さない星の周回軌道上に取り残された宇宙船と生き残った女2人。人のエゴが絡み合う美しいお話。

・ALTER EGO

爆発的にヒットした自分探しタップゲーム。
いとうさんの描いた怖くて顔のいい女に性格診断をしてもらえます。
僕の結果はこんな感じでした。

・サバーキ

昭和末期!北海道!ソビエト!女!暴力!御託はいいので読みましょう。
原作の渡辺零さんは「電脳軍事探偵あきつ丸」の方ですね。

その他、二次創作関連、特に押安について精力的に活動されていますが、持っているのが「にくたいのあくま」一冊だけなので言及を控えます。ちゃんと語れる自信がない。ガルパンはエリみほと逸見秋山が好きです。

改めて、これで最後です。この作品を必要としている誰かに届くことを願って。

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