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宮下藍のコラム

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選り好みが激しいコスメオタクなわたし・宮下藍が、仕事や日常を通して感じたことをコラム形式で書いていきます。 特に、女性の生活やこころの部分を主観的に書いていきます。
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2017年3月の記事一覧

人が生きるのに「不正解」はない。ただ、ストーリーがあるだけ

人が生きるのに「不正解」はない。ただ、ストーリーがあるだけ

「それは自業自得だろ?そこに不満を言うってだけで違うんじゃねえの?」と言う彼がいる。

最近思うのだが、わたしという人間は恋愛というものにつくづく向いていないのではないか?と・・・

そう、わたしは思ってしまうのだ。

ああ、またか。。否定から入るこのパターン

人は、37歳・独身となると個人の価値観を強く持つのかもしれない。
だから、自分の中の「正解」や「不正解」を価値観の中に置くことは、あった

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「ダサっ!」って思う大人の真理はなにか?

「ダサっ!」って思う大人の真理はなにか?

うわーーー ダサっ!!

大人になってもそんな使い方をする人は大勢いると思う。
もちろん、いい意味で使われることは決してないのだけれど。

学生時代の「ダサい」というのは主にファッションのことをいうことが大半だった。中学・高校・大学の人間関係というのは、何人かのグループをなしていることが大半で、必ず「目立つグループ」「地味(目立たない)グループ」というように区別するパターンが多い。

「ダサい」と

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SNSなんてやらない。そう言っていたはずが・・・

SNSなんてやらない。そう言っていたはずが・・・

つい先日、「SNSなんてやらない」と言っていた友人(男性)からこんなことを聞いた。

「この前、オンラインゲームの人たちとオフ会をやってさ。2年くらい前から、ゲーム上で会話してたから相手のことは知ってたんだけどさ。すごく楽しかった」

その彼が・・・
会ったことない人たちとのオフ会を楽しんだ

衝撃的な事実だったけど、彼自身もどこか「人と繋がりたい」という気持ちがあったのだろうと思う。

じゃあな

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ブログもFacebookもTwitterもしていない、やらない人は放っておこう

ブログもFacebookもTwitterもしていない、やらない人は放っておこう

「なんでFacebookで毎日、自撮りとかしてるの?」
「ブログみたけど、どうして自分のことばかりなの?」
「お客さんに向けてやるなら、もっと幅広い人に呼びかけなよ」

そんな意見をもらうことがある。アドバイスのつもりなのかな?
確かに一理あるんだろうと思う。

しかしもう一方で・・・
あなた「毎日」って言ってるんだから、毎日わたしの投稿やブログ読んでるんじゃん!!

毎日撮り続ける自撮り写真(今

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伝えたい「想い」こそを、ブログに書く時代

伝えたい「想い」こそを、ブログに書く時代

人は心で生きている。だから心の相性がよければ盛り上がる

先日、親しいお客さんと食事に行って感じたことだ。

経過を話すと、この人たちとの付き合いは去年からになる。

わたしはコスメ販売の仕事で、毎日違う店舗に入店する。
その店舗まで追いかけて会いにきてくれるお客さんだった。したがって、会いに来てくれるたびに、一人一人とは仲良くなっていった。

わたし以外の3人が顔を合わせたのは、去年(2016年

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「特別な存在になりたい」 そんなときは亡き父を思い出す -自分の価値をどうみるか?

あの人の特別な存在になりたい

そんな気持ちが女性ごころを高めることがあるのではないか?
同性・異性に関わらず「誰かの特別になりたい」そう思うことで、人は行動したり悩んだり喜んだりする。こういう事実を、自分のフィルターにかけず向き合いたいなって思う。

特別な存在になりたい

わたしも少なからず、特別を意識している人間だ。そう思って考えてみると、何が特別で、誰にとってどんな存在になりたいのか?

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プライドを捨てて・・・というけれど。

プライドを捨てて・・・というけれど。

「あの人はプライドが高いから・・・」という会話になったときに、必ずひっかかることがある。

プライドって何??

プライド・・・自慢、得意、満足、自尊心、誇り、プライド、うぬぼれ、高慢、思い上がり、自慢のたね ※Weblio辞書より

この辞書による、自尊心や誇りを「プライド」と呼ぶのであれば、誰でも持っていたほうが良いもののような気がするがどうなんだろう?

自己評価としての「プライ

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ナゾの下から目線をやめてみる -人からもらう「ありがとう」はお客さまから自然に言ってもらうこと

「ありがとうございます」って言葉は、誰が誰に言うか?心がこもっているか?が重要だと思う。

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ナゾの下から目線
とりあえず当たり障りなく「下から目線」で接する人をよく見かける。
必要ならいいのかもしれないけれど、わたしにはこの「下から目線」が行き過ぎの社会傾向にあるような気がしてならない。

本当に価値があるのは「目線や言葉」じゃなくて人なのだから。

例えばの話。上司に対し

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