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いつか見た風景 60

「デフォルトモードネットワークの怪」


 坂道を転がると表通りは賑やかな年末のイルミネーション。七色のLEDが見覚えのある動物や乗り物のカタチに光っている。まるで私の海馬から大脳皮質に送られる電気信号の束が自在に絡み合って出現させた光の彫刻のようだ。

                 スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス



 先週我が家に届いた「人生の年の瀬に欠かせないお掃除5点セット」が箱から出しっぱなしでリビングのソファの脇に置いてあった事を突然思い出したんだ。説明書を読むのは面倒だから、使い方が想像つく簡単そうな奴から試してみようかと思ってね。まずはフラフープにそっくりなコレ。遠心力を利用して心配事を一掃する奴よ。たぶん注意書きには「使い過ぎて目を回さないように」とか「正しい姿勢で十分なスペースで」とか「勢い余っての腰痛にはご用心」とか書いてあるんだな。そんな事は言われなくても分かってるって。

 それにしてもさ、こういう画期的な発明をしちゃう天才のヒラメキってのは一体どこからやって来るのか気になってさ。つまり私も大分お世話になってるティッシュとかトイレットペーパーとか、老眼鏡とか入れ歯洗浄剤とかさ。そういうのがある日突然世の中に登場する裏には誰かのヒラメキが大きく関わっているんだろうからさ。そうそれに冷蔵庫や電子レンジ、テレビにインターネット。若ぶってる訳じゃないけど私の買い物にも最近多大なる影響力を持ち始めたアルゴリズムだって、それから驚くほどの可視化が進んだ最近の脳科学だって誰かのヒラメキの成せる技なんだろうからさ。

「最近ボーっとしてる時間が何だか増えちゃってて」と余計な告げ口をする私の息子を名乗る怪しい男。いつもは黙って私の問診を退屈そうに眺めているだけなのに。そうか、そうか、アレだな、先生のサポートに最近この病院に登場したちょっと魅力的な女医さんのせいか。ちゃんと親の介護をしてますアピールって奴だな。それにしても今日は随分と雄弁に語るじゃないか。私が昼寝と昼寝の間の昼寝に余念がないとか、いつもトイレで瞑想してるとか、深夜にベッドをステージにして単独公演をやらかしてるとか、全く話を盛るのも大概にして欲しいね。

 


「でもそのボーっとしてる時が案外大事なんですよ、特にヒラメキにはね」と、何気ない会話の流れの中で息子がやたらと意識している女医さんがなぜか私に助け舟を出して来た。「お父さん色々閃いていらっしゃるんでしょ、いつも面白い事とか、不思議な事とか、ね、お父さん」と言って私に振り向いて微笑んだ。

 息子の奴が呆気に取られていると、間髪入れず今度は先生が「デフォルトモードネットワークって言うんですよ。つまり無意識下でも脳がしっかり活動中って事なんですけどね…」と続いた。全くあの時の奴の顔ったら笑っちゃうね。鳩が豆鉄砲を食ったようなってよく言うアレよ。スマホで写真撮ってSNSで拡散しようかって思ったくらいだからさ。意識している女医さんの手前、息子の奴は必死に苦笑いでやり過ごしていたけどね。

 先生と女医さんの強力な私のサポーター軍団によるとさ、意識して何も考えていない時の方がより良いヒラメキに繋がるんだって。つまりボーっとの正しい活用法よ。散歩とか、お風呂とか、トイレの中とか、そういう時に勝手に出現する訳なんだってさ、ヒラメキが。古今東西の天才たちの秘密もどうやらその辺にあるらしいよ。デフォルトモードになると大脳皮質の辺りで記憶の断片たちが自由に自在に絡み合って勝手に繋がり始めるんだって言うんだから驚きだよね。

 それでさ、突然ヒラメいちゃってさ、先生たちの話に私の怪しい息子が加わって退屈だったからついついボーっとしてたらさデフォルトモードになっちゃったのよ。私の海馬は萎縮しているんだけど、そんな事よりその海馬には最初に外部の信号を受け取って新たな記憶が作られる「歯状回」って場所があってさ、それが見事に本物の歯に似てるのよ。見た目はかなり歯並びが悪い感じなんだけど、とにかく小ちゃな歯が結構な本数並んでるからさ。そうかそうか、私の場合そこが虫歯か歯槽膿漏でダメになってるって言うなら、そっくり入れ歯かインプラントにすりゃあいいんじゃないのかなってね。今度学会で発表してみるかなって思ったのよ。



 デフォルトモードも使い過ぎると身体に良くないのかな。知らない間にとてつもないエネルギーを消費してそうだからさ。とにかく疲れるのよ、退屈でボーっとしていた後ってのは。そう言えばさ、このデフォルトモードのスイッチを切る方法ってのが瞑想なんだって。どこかで誰かがそんな事を言ってたような記憶がフワフワと前頭葉の辺りを今横切って行ったよ。そうそう無意識中の脳の活動もたまにはオフにしないとさ、次また使う時に充電切れって事になったら元も子もないだろうからね。だからこれからボーっとしたまま速やかに瞑想モードに入ってみようかって思ってるんだ。

 スイッチを切った意識の奥の奥の奥の方からさ、金曜日のヘルパーさんの声が聞こえたような気がした。「今年もあと僅かですね」だってさ。


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