東堂アカリ

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輪舞曲 ~ロンドン⑮完結~

「君は大金持ちの娘と結婚の話を断ったのか!おまけに、相手はかなりの美人のようじゃないか。」 ピエールが目を見開いて言うと、ユーグは、やれやれといった様子で溜息をついた。 「君の言う通り、確かに彼女は大金持ちの一人娘でかなりの美人だ。それに語学も堪能で、3ヶ国語は話せるはずだ。」 「そんなに美人で頭の良い女性の、どこが気に入らない?」 「小さなころから欲しいものが手に入るのは当たり前で、自分より恵まれない境遇を持つ人に同情するふりをしながら、見下しているところかな。もちろん、小

    • 輪舞曲 ~ロンドン⑭~

       わたくしは、身体が思うように回復していないこともあり、次の出産のことはとても考えられませんでした。出来ることなら、次の子供のことは考えず、エドワードが少し大きくなるのを見守りたいと思っていたくらいなのです。しかし、わたくしはそれが許される立場ではないのだと改めて感じました。ここにいる限り、どんなにやめてほしいと懇願しても、わたくし自身を顧みられることなく子を産むことになるのでしょう。わたくしは絶望しました。そして神に願ったのです。  どうか助けてください、と。  エドワー

      • 輪舞曲 ~ロンドン⑬~

         ありがたいことに、メアリー様はわたくしを慕ってくださいました。現在の立場はわたくしの方が上ですが、メアリー様を尊重する気持ちを忘れたことはございません。ヘンリー様は、跡継ぎには是非とも男の子を、とお考えですが、わたくしはメアリー様が後を継いでも良いのではないかと思うのです。そのようなことを考えてしまうのは、わたくしには行き過ぎたことなのでしょうが。  心満たされる穏やかな日々はあっという間に過ぎ、ある日、わたくしは腹部を細い針のようなものでつつかれるような違和感を感じました

        • 輪舞曲 ~ロンドン⑫~

           ヘンリー様とアン様の結婚は、突然終わりを告げました。  皆いろいろな噂をしておりましたが、アン様が流産してしまったことが原因ではないかという話は、あっという間に広がりました。さらに、流産したお子様は男の子だったという噂も聞こえてきました。子供、特に男の子への執着が異様に強いヘンリー様は、アン様を見限ったようでございます。我が家に、内々に婚約の打診が来ました。打診といっても、要は命令でございます。わたくしに拒否することは許されません。そして、その返事をした次の日、アン様は姦

        輪舞曲 ~ロンドン⑮完結~

          輪舞曲 ~ロンドン⑪~

           確かに、ヘンリー様がアン様に夢中だったのは、結婚なさるまでだったように思います。すべてを手に入れることのできる御方にとって、手に入らないものというのは、それだけで価値があるのでしょう。  何度も見かけるようになったわたくしを、ヘンリー様は少しずつ気にかけてくださるようになりました。そして、温かい言葉や贈り物も戴くようになりました。それは身に余るほど光栄ではございましたが、けして浮足立つようなものではございません。なぜなら、わたくしは、何人もの女性に甘いお言葉をかけるヘンリー

          輪舞曲 ~ロンドン⑪~

          輪舞曲 ~ロンドン⑩~

           わたくしは、そんなアン様を冷静に見つめておりました。  アン様を見る時、今までのわたくしは少し俯き、目を伏せるようにしておりました。少しでも目を合わせたらどのような罵声を浴びせられるか、物を投げつけられるか分からなかったからです。そんなわたくしのことを、アン様は特に覚えることもなく、空気のような存在に思っていたかもしれません。  しかし、わたくしはあのパーティーの日から俯くことはやめました。アン様がこちらを見なくても、わたくしは顔を上げて真っ直ぐにアン様を見ました。  ある

          輪舞曲 ~ロンドン⑩~

          輪舞曲 ~ロンドン⑨~

           その日は、大変慌ただしい日でした。わたくしたちはアン様を美しく飾りたて、料理人たちは大量の料理を作り、その他の手の空いている者たちは宮殿を花で飾りました。何もかもが急に決まったことなので、誰もが急き立てられるように動いていました。アン様は、髪型やアクセサリーなど細かく指示を出しました。ここ最近で一番機嫌がよく、冗談を言って周りの者を笑わせていました。  やがて、準備が整い招待された貴族たちが集まるとダンスが始まりました。上機嫌なのはヘンリー様とアン様だけで、ほとんどの貴族た

          輪舞曲 ~ロンドン⑨~

          輪舞曲 ~ロンドン⑧~

           フランス帰りのアン様は、フランス貴族たちが得意としていた楽しい会話や最先端のデザインのドレスで、この伝統的で重苦しいイングランド社交界の中心となりました。アン様はキャサリン様ほど肌も白くなかったですし、髪の色も黒く、一般的な「美人」という型から外れた方でした。でも、そのようなことが気にならないほど、一緒にいるのが楽しい方でした。誰もがアン様と話をしたがりました。何よりも、アン様の一番の信奉者はヘンリー様ではないかというほど、ヘンリー様はアン様に振り回されておりました。  ア

          輪舞曲 ~ロンドン⑧~

          輪舞曲 ~ロンドン⑦~

           先ほどまで目の前にいた女性は、すーっと透明になってすぐに見えなくなった。どうやら今日の話はここまでのようだ。  その数秒後に、何人もの靴音が聞こえ、案内の女性がチャペルの説明をしながら入り口から入ってくるのが見えた。  わたしはゆっくりと立ち上がり、賑やかな見学者たちの邪魔にならないように、そっとチャペルを後にした。幸い、案内役の女性や見学者たちに何か言われるわけでもなく、わたしは思考の海の中に浮かんだままだった。  彼女が仕えていたというアンという女性は、おそらく今でいう

          輪舞曲 ~ロンドン⑦~

          輪舞曲 ~ロンドン⑥~

           まだ若かったわたくしには納得のいかない思いが強かったのですが、ヘンリー様との関係はそれぞれの家の意向もあったのでしょう。必ずしも彼女たちが好きでやっていたのではなかったのだろうと、今ならよく分かります。そして、そのことはキャサリン様も受け入れていらっしゃったのかもしれません。  少しずつ仕事に慣れてきたと感じる頃、わたくしはキャサリン様とお別れすることとなりました。それは甚だ不本意なことではございましたけれども、仕方のないことでもありました。 ヘンリー様が、周りの反対を押

          輪舞曲 ~ロンドン⑥~

          輪舞曲 ~ロンドン⑤~

           彼女は戸惑うことなく、すっとチャペルのある扉を進んで行く。私も黙って彼女について行った。 「ヘンリー8世のことをよく御存じなのでしょうか。」 「ええ。でも、それ以上にお妃さまのこと、キャサリン様のことは存じ上げておりますわ。・・・アン様のことも。」 「そうですか。お会いしたことが無いので羨ましいことです。」 「そう。よく羨ましがられたけれど、わたくしは良かったと思ったことなどあまりないのよ。」 彼女は寂しそうにそう言った。 「よろしければ、もっとお聞かせいただいても?」 そ

          輪舞曲 ~ロンドン⑤~

          輪舞曲 ~ロンドン④~

           やがて、沢山の並んでいるドアのなかから一つのドアが開けられた。天井は大広間のように高く、奥に天蓋のついたベッドが見えた。  私が吸い寄せられるように進もうとすると、靴の先が部屋の中に入るか入らないかの瞬間に「そこまでです」と案内の女性に止められた。私が、はったとして申し訳なさそうにすると、女性は無表情で小さく頷いた。  部屋の壁紙は2メートル以上あるだろうか、深い緑色に金色で植物を模した紋章のような、アラベスク柄のような模様が描かれていた。これがフランスなら明るく可愛らしい

          輪舞曲 ~ロンドン④~

          輪舞曲 ~ロンドン③~

           ハンプトンズ・コート宮殿を案内してくれたのは、きびきびと動く感じの良い女性だった。彼女は手際よく宮殿の中を案内してくれた。こういったことに慣れているのか、私が気になったことを聞いても即座に返事をしてくれた。もっとも、親戚の親子は終始硬い表情で、聞いているのか聞いていないのか分からなかったのだが。  薄暗い食堂を通り抜け、いくつかの部屋を見て回っている時だった。私が壁にかかっている肖像画を眺めていると、後ろから叫び声が聞こえた。振り返ると、眼がうつろになっている娘に、必死にな

          輪舞曲 ~ロンドン③~

          輪舞曲 ~ロンドン②~

           なんでそんなことを思ったかって?彼女は生まれながらに裕福な家庭で育っていて、人に傅かれるのは当たり前なんだ。欲しいものはすぐに手に入る。それも一流の物がね。紅茶だって、基本的にはメイドが淹れるのが当たり前、それも自分好みの温度で、気に入った茶葉で用意される。自分で淹れるとしたら花嫁修業の時だけといった感じだから、たかが紅茶の一杯くらいで微笑むことなんてない。それも、あのとき出されたのは、流通量の多いやや渋みのある茶葉なんだが、記憶違いでなければ彼女はあまり渋みのないものが好

          輪舞曲 ~ロンドン②~

          輪舞曲 ~ロンドン①~

           ピエールがふらりと友人の家を訪ねると、彼はのんびりと窓辺で紅茶を飲んでいた。 「やあ、ユーグ。久しぶりだね、元気そうじゃないか。」 「・・・やあ。」 物憂げな顔でちらりとこちらを見ると、彼はゆっくりと息を吐いて再び窓の外へ目を向けた。  来客は何事もなかったかのようにソファに腰掛け黙ってユーグを見ていたが、いくら待っても話しかけられないため、やがてうとうとと眠ってしまった。この頃急に冷え込んできたのと、部屋が暖かいこともあったのだろう。彼が次に目を開けたとき、目の前には淹れ

          輪舞曲 ~ロンドン①~

          輪舞 ~ブロンド⑬完結~

           少女は顔を上げ、真っ直ぐユーグを見て言った。彼女の言葉の一つ一つが、やけにはっきりと聞こえた。 「私ね、春になったらこのお屋敷を出なくてはいけないの。」 「そう。」 「もうここで会うことはないでしょうね。」 ローズの言葉に何も返せないでいると、彼女はゆっくりと立ち上がった。 「貸してくれてありがとう。もう行くのでしょう?」 そう言ってショールを取ろうとする彼女の手を、ユーグは優しく抑えた。 「いや、いい。それは君が使ってくれ。」 そう言うと、ユーグはそっとショールで彼女を包

          輪舞 ~ブロンド⑬完結~