東堂アカリ

東堂アカリ

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輪舞曲 ~ジロンド⑮完結~

「ルカのことを覚えているかい?」 「もちろんだよ。あの変わった人形のこともね。」 「久しぶりに連絡が来て少し話したのだけれど、叔父さんから譲り受けた屋敷を手放すこ…

輪舞曲 ~ジロンド⑭~

 夏も終わりかけのある日、ユーグが紅茶を飲みながら新聞に目を通していると、ピエールがメイドと共に現れた。いつもは昼過ぎから夕方にやってくるのに、珍しいこともある…

輪舞曲 ~ジロンド⑬~

「ーー以上が、こちらのマドモアゼルが話してくれたことだよ。」  ユーグはワインで喉を潤すと、長い脚をゆっくりとを組み替えた。人形は相変わらず表情を変えず、ただこ…

輪舞曲 ~ロンドン⑮完結~

「君は大金持ちの娘と結婚の話を断ったのか!おまけに、相手はかなりの美人のようじゃないか。」 ピエールが目を見開いて言うと、ユーグは、やれやれといった様子で溜息を…

東堂アカリ
3か月前

輪舞曲 ~ロンドン⑭~

 わたくしは、身体が思うように回復していないこともあり、次の出産のことはとても考えられませんでした。出来ることなら、次の子供のことは考えず、エドワードが少し大き…

東堂アカリ
3か月前
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輪舞曲 ~ロンドン⑬~

 ありがたいことに、メアリー様はわたくしを慕ってくださいました。現在の立場はわたくしの方が上ですが、メアリー様を尊重する気持ちを忘れたことはございません。ヘンリ…

東堂アカリ
3か月前

輪舞曲 ~ロンドン⑫~

 ヘンリー様とアン様の結婚は、突然終わりを告げました。  皆いろいろな噂をしておりましたが、アン様が流産してしまったことが原因ではないかという話は、あっという間…

東堂アカリ
3か月前

輪舞曲 ~ロンドン⑪~

 確かに、ヘンリー様がアン様に夢中だったのは、結婚なさるまでだったように思います。すべてを手に入れることのできる御方にとって、手に入らないものというのは、それだ…

東堂アカリ
4か月前

輪舞曲 ~ロンドン⑩~

 わたくしは、そんなアン様を冷静に見つめておりました。  アン様を見る時、今までのわたくしは少し俯き、目を伏せるようにしておりました。少しでも目を合わせたらどの…

東堂アカリ
4か月前

輪舞曲 ~ロンドン⑨~

 その日は、大変慌ただしい日でした。わたくしたちはアン様を美しく飾りたて、料理人たちは大量の料理を作り、その他の手の空いている者たちは宮殿を花で飾りました。何も…

東堂アカリ
4か月前

輪舞曲 ~ロンドン⑧~

 フランス帰りのアン様は、フランス貴族たちが得意としていた楽しい会話や最先端のデザインのドレスで、この伝統的で重苦しいイングランド社交界の中心となりました。アン…

東堂アカリ
4か月前
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輪舞曲 ~ロンドン⑦~

 先ほどまで目の前にいた女性は、すーっと透明になってすぐに見えなくなった。どうやら今日の話はここまでのようだ。  その数秒後に、何人もの靴音が聞こえ、案内の女性…

東堂アカリ
4か月前
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輪舞曲 ~ロンドン⑥~

 まだ若かったわたくしには納得のいかない思いが強かったのですが、ヘンリー様との関係はそれぞれの家の意向もあったのでしょう。必ずしも彼女たちが好きでやっていたので…

東堂アカリ
4か月前

輪舞曲 ~ロンドン⑤~

 彼女は戸惑うことなく、すっとチャペルのある扉を進んで行く。私も黙って彼女について行った。 「ヘンリー8世のことをよく御存じなのでしょうか。」 「ええ。でも、それ…

東堂アカリ
4か月前

輪舞曲 ~ロンドン④~

 やがて、沢山の並んでいるドアのなかから一つのドアが開けられた。天井は大広間のように高く、奥に天蓋のついたベッドが見えた。  私が吸い寄せられるように進もうとす…

東堂アカリ
4か月前

輪舞曲 ~ロンドン③~

 ハンプトンズ・コート宮殿を案内してくれたのは、きびきびと動く感じの良い女性だった。彼女は手際よく宮殿の中を案内してくれた。こういったことに慣れているのか、私が…

東堂アカリ
4か月前
輪舞曲 ~ジロンド⑮完結~

輪舞曲 ~ジロンド⑮完結~

「ルカのことを覚えているかい?」
「もちろんだよ。あの変わった人形のこともね。」
「久しぶりに連絡が来て少し話したのだけれど、叔父さんから譲り受けた屋敷を手放すことにしたらしい。彼の給金では、あの屋敷は維持できないからだと言っていた。早速だが、買い手もつきそうだと言っていたよ。ただ、あの叔父さん・・・彼が言うにはかなりのやり手らしいが、ただで手放すなんて考えられないからと心配していたよ。」
「そう

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輪舞曲 ~ジロンド⑭~

輪舞曲 ~ジロンド⑭~

 夏も終わりかけのある日、ユーグが紅茶を飲みながら新聞に目を通していると、ピエールがメイドと共に現れた。いつもは昼過ぎから夕方にやってくるのに、珍しいこともあるものだと思った。
「やあ、久しぶり。」
 そう言って笑った彼の顔は、連日夜遅くまで続く付き合いで疲れている様子は感じられない。彼は、飲み物を用意しようとするメイドに「すぐに帰るから」と言って話始めた。
「朝早くにすまないね。会えてよかったよ

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輪舞曲 ~ジロンド⑬~

輪舞曲 ~ジロンド⑬~

「ーー以上が、こちらのマドモアゼルが話してくれたことだよ。」
 ユーグはワインで喉を潤すと、長い脚をゆっくりとを組み替えた。人形は相変わらず表情を変えず、ただこちらを見ているだけだ。こんなにも波乱万丈な人生を歩んでいたなんて、普通の人なら信じられないだろう。
「・・・随分と長い話だね。まるで小説みたいじゃないか。」
 ピエールは感心したように言ってワインを飲んだ。
「そうだね、ましてやフランス革命

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輪舞曲 ~ロンドン⑮完結~

「君は大金持ちの娘と結婚の話を断ったのか!おまけに、相手はかなりの美人のようじゃないか。」
ピエールが目を見開いて言うと、ユーグは、やれやれといった様子で溜息をついた。
「君の言う通り、確かに彼女は大金持ちの一人娘でかなりの美人だ。それに語学も堪能で、3ヶ国語は話せるはずだ。」
「そんなに美人で頭の良い女性の、どこが気に入らない?」
「小さなころから欲しいものが手に入るのは当たり前で、自分より恵ま

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輪舞曲 ~ロンドン⑭~

 わたくしは、身体が思うように回復していないこともあり、次の出産のことはとても考えられませんでした。出来ることなら、次の子供のことは考えず、エドワードが少し大きくなるのを見守りたいと思っていたくらいなのです。しかし、わたくしはそれが許される立場ではないのだと改めて感じました。ここにいる限り、どんなにやめてほしいと懇願しても、わたくし自身を顧みられることなく子を産むことになるのでしょう。わたくしは絶

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輪舞曲 ~ロンドン⑬~

 ありがたいことに、メアリー様はわたくしを慕ってくださいました。現在の立場はわたくしの方が上ですが、メアリー様を尊重する気持ちを忘れたことはございません。ヘンリー様は、跡継ぎには是非とも男の子を、とお考えですが、わたくしはメアリー様が後を継いでも良いのではないかと思うのです。そのようなことを考えてしまうのは、わたくしには行き過ぎたことなのでしょうが。
 心満たされる穏やかな日々はあっという間に過ぎ

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輪舞曲 ~ロンドン⑫~

 ヘンリー様とアン様の結婚は、突然終わりを告げました。

 皆いろいろな噂をしておりましたが、アン様が流産してしまったことが原因ではないかという話は、あっという間に広がりました。さらに、流産したお子様は男の子だったという噂も聞こえてきました。子供、特に男の子への執着が異様に強いヘンリー様は、アン様を見限ったようでございます。我が家に、内々に婚約の打診が来ました。打診といっても、要は命令でございます

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輪舞曲 ~ロンドン⑪~

 確かに、ヘンリー様がアン様に夢中だったのは、結婚なさるまでだったように思います。すべてを手に入れることのできる御方にとって、手に入らないものというのは、それだけで価値があるのでしょう。
 何度も見かけるようになったわたくしを、ヘンリー様は少しずつ気にかけてくださるようになりました。そして、温かい言葉や贈り物も戴くようになりました。それは身に余るほど光栄ではございましたが、けして浮足立つようなもの

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輪舞曲 ~ロンドン⑩~

 わたくしは、そんなアン様を冷静に見つめておりました。
 アン様を見る時、今までのわたくしは少し俯き、目を伏せるようにしておりました。少しでも目を合わせたらどのような罵声を浴びせられるか、物を投げつけられるか分からなかったからです。そんなわたくしのことを、アン様は特に覚えることもなく、空気のような存在に思っていたかもしれません。
 しかし、わたくしはあのパーティーの日から俯くことはやめました。アン

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輪舞曲 ~ロンドン⑨~

 その日は、大変慌ただしい日でした。わたくしたちはアン様を美しく飾りたて、料理人たちは大量の料理を作り、その他の手の空いている者たちは宮殿を花で飾りました。何もかもが急に決まったことなので、誰もが急き立てられるように動いていました。アン様は、髪型やアクセサリーなど細かく指示を出しました。ここ最近で一番機嫌がよく、冗談を言って周りの者を笑わせていました。
 やがて、準備が整い招待された貴族たちが集ま

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輪舞曲 ~ロンドン⑧~

 フランス帰りのアン様は、フランス貴族たちが得意としていた楽しい会話や最先端のデザインのドレスで、この伝統的で重苦しいイングランド社交界の中心となりました。アン様はキャサリン様ほど肌も白くなかったですし、髪の色も黒く、一般的な「美人」という型から外れた方でした。でも、そのようなことが気にならないほど、一緒にいるのが楽しい方でした。誰もがアン様と話をしたがりました。何よりも、アン様の一番の信奉者はヘ

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輪舞曲 ~ロンドン⑦~

 先ほどまで目の前にいた女性は、すーっと透明になってすぐに見えなくなった。どうやら今日の話はここまでのようだ。
 その数秒後に、何人もの靴音が聞こえ、案内の女性がチャペルの説明をしながら入り口から入ってくるのが見えた。
 わたしはゆっくりと立ち上がり、賑やかな見学者たちの邪魔にならないように、そっとチャペルを後にした。幸い、案内役の女性や見学者たちに何か言われるわけでもなく、わたしは思考の海の中に

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輪舞曲 ~ロンドン⑥~

 まだ若かったわたくしには納得のいかない思いが強かったのですが、ヘンリー様との関係はそれぞれの家の意向もあったのでしょう。必ずしも彼女たちが好きでやっていたのではなかったのだろうと、今ならよく分かります。そして、そのことはキャサリン様も受け入れていらっしゃったのかもしれません。
 少しずつ仕事に慣れてきたと感じる頃、わたくしはキャサリン様とお別れすることとなりました。それは甚だ不本意なことではござ

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輪舞曲 ~ロンドン⑤~

 彼女は戸惑うことなく、すっとチャペルのある扉を進んで行く。私も黙って彼女について行った。
「ヘンリー8世のことをよく御存じなのでしょうか。」
「ええ。でも、それ以上にお妃さまのこと、キャサリン様のことは存じ上げておりますわ。・・・アン様のことも。」
「そうですか。お会いしたことが無いので羨ましいことです。」
「そう。よく羨ましがられたけれど、わたくしは良かったと思ったことなどあまりないのよ。」

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輪舞曲 ~ロンドン④~

 やがて、沢山の並んでいるドアのなかから一つのドアが開けられた。天井は大広間のように高く、奥に天蓋のついたベッドが見えた。
 私が吸い寄せられるように進もうとすると、靴の先が部屋の中に入るか入らないかの瞬間に「そこまでです」と案内の女性に止められた。私が、はったとして申し訳なさそうにすると、女性は無表情で小さく頷いた。
 部屋の壁紙は2メートル以上あるだろうか、深い緑色に金色で植物を模した紋章のよ

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輪舞曲 ~ロンドン③~

 ハンプトンズ・コート宮殿を案内してくれたのは、きびきびと動く感じの良い女性だった。彼女は手際よく宮殿の中を案内してくれた。こういったことに慣れているのか、私が気になったことを聞いても即座に返事をしてくれた。もっとも、親戚の親子は終始硬い表情で、聞いているのか聞いていないのか分からなかったのだが。
 薄暗い食堂を通り抜け、いくつかの部屋を見て回っている時だった。私が壁にかかっている肖像画を眺めてい

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