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『遺書』 48 孤立、罠、そして危機

[前回からの続き]

引っ越し先の候補になった物件の"元付け"不動産会社との約束の期日まで日があったから、現地まで行って"現住所"からのアクセスや外観を確かめたりもした。

さて、元付け業者が指定した商談の場所。そこは会社の本支社のオフィスや店舗ではなかった。業者のほうがメールで、本社は遠いので、物件の近くにちょうど"事務所"があるから、そこにしましょう、と指定してきたのだ。そのほうが内覧にも都合がよいでしょう、と。
最寄駅まで車で迎えに行きます、と。

なんだか不自然な気もしたけれど、下手に断ると借りるのにはデメリットになりそうなのもあって、断らなかった。

当日、約束どおりに某私鉄の某駅に赴く。
業者の人も約束どおり来て、それで"事務所"に連れていかれた。

そこは、事務所ではなかった――。

介護施設。

これを読んでいる人には意味不明だろうけれど、まさにそのときの私にも意味不明。
わけがわからない。

そして、そんな場違いなところの入口近くの広間のテーブルで、賃貸の話が始まる……はずだった――。

実際に始まったのは違う。私の素性の聞き取り。

相手の担当者の男がテーブルに出している用紙の内容が見えて、とんでもない展開になっていることに改めて気がつく。
"要保護者"……

それは、貧困ビジネスの入口。

今までと話が、全く、違う!

危険を察した私は大慌てで、逃げ出す。
追ってくるかもしれない!
来たこともない、土地勘のない、見知らぬところにいるけれど! とりあえずは車で追ってこられないように、住宅街を縫って、とにかく、逃げた。

足なら、鍛えてる!

追ってきたのを"巻けた"のか、それともそもそも追ってこなかったのか、それは分からない。
捕まることなく逃げることに成功した。
知らない土地を、疲れ果てた私、とりあえず幹線道路を歩く。通りかかったコンビニで所在地を確認する(当時はスマートフォンがないフィーチャーフォンで地図確認はツラいし電池も通信料もかさむ)。
ようやく最寄駅までの行き方が分かって、"自宅"(実際には住めないけど)まで帰り着けた。

危機一髪だった。

あとでインターネット上で詳しく詳しく調べてみて、この不動産会社が過去に東京都から行政処分まで受けたことのある悪質業者であることが分かった。
生活困窮者を相手に部屋を貸すのだけれど、賃料を延滞されたら予告なくカギを交換して締め出してしまう。そして「部屋を貸したわけではない、鍵を貸しただけだ」とムチャクチャな理屈をこねる。
そんなだから、行政処分を受けていた。

それで心を入れ替えていたのならばまだマシだったのだけれど、やっぱり、違ったらしい。
結局は相変わらず、困窮者、社会的弱者を標的にしてお金を掠め盗る、貧困ビジネスの業者。
介護ビジネスだってきっと、確実に、良心から出たものではないのだらう。要介護者の年金や支給金をせしめたり、行政からの助成金のたぐいを当てにしたものなのに違いなかった。

社会から疎外されて困窮すると、ますます罠にはめられてしまう、そういう悪循環、"負のループ"、"スパイラル"が、ある。

その頃の私はほかにも、生活費が苦しかったうえに命の危機に追い詰められていたから、危うく消費者金融……というか"ヤミ金"に引っ掛かりそうになったりもした。
携帯電話に融資の誘いがかかってきた。業者の屋号が、大手金融機関に似せた紛らわしいものだったから、騙された。
それで個人情報まで教えて、業者の事務所で会う約束までして現地近くまで行ってみて、おかしいことに気がついた。場末の雑居ビルだったから。

それからはかなり長いあいだ、消費者金融の勧誘やら架空請求やらがたくさん来て大変だった。業者がわざと漏洩したのだろう。売ったのだろう。裏社会の"鴨リスト"に載ったのだ。

それにしても不思議なもので、どうにもこういうブラック企業の手合いは、面会場所にとんでもないところを一方的に指定してくるものらしい……。
自分の"土俵"、というか、"蜘蛛の巣"か"蟻地獄"か、そんなところに引き込んで自分のペースに引き込み、取り殺す。

いくら生活費がギリギリでも、延滞には"優先順位"をつけていた。私は、水道料金くらいは延滞しても、携帯電話や、銀行のローンなんかは、一度も延滞しないようにしていた。だから携帯電話は止められることなく使えていたし、それは社会生活で"生命線"なのだから。

さて、そうこうしていたけれど、それと同時進行で、私の母を殺したお馴染みの我が毒親が、いよいよ私の近くに迫ってきていた。

私の"自宅"にやって来たのだ!

[次回に続く]