見出し画像

信頼関係を築かなければ、スタート地点にさえ立たせてもらえない。

ホームレス支援の現場にいると不条理なことにたくさん出会う。

飲みすぎてぶっ倒れたおいちゃんの夜間救急搬送に付き合うなんて日もザラだ。

おいおいいい加減にしてくれよ、そんなことを思わなくもない。だけど、意識回復したおいちゃんから罰が悪そうに「ごめんな」、なんて言われちゃうと「別にいーよー!」ってなっちゃうから、私も大概お人好しだ。

まあ、なんていうか雨降って地固まる。こうして日々おいちゃんとの絆は深まるのである…

なんてケースは恵まれているほうだと知らなかった。Kさんに出会うまでは。

Kさんとは1年前に炊き出しで出会った。現役バリバリのホームレスだ。ボロボロな服装とは対照的に、櫛で整えられた豊かな長髪が印象的だった。寡黙だが寂しがり屋でいつもホームレス仲間とつるんでいた。そして、常に酒を飲んでいた。

そんなKさんがある日を境に炊き出しに姿を見せなくなった。仲間のおいちゃんからどうも具合が良くないらしい、ということを聞いた。パトロールでKさんに会った同僚からも話を聞いた。Kさんから腐臭がすると。

Kさんの左手は壊死していた。いまなら指を数本切り落とすだけで済むかもしれない…でも、もっと進行した場合は命に関わる。すぐさまKさんを支援する有志のチームがつくられた。

私たちはお弁当を携えて、每日交代でKさんの元に通った。そして、何度も入院の説得を試みた。しかし、Kさんの返答はいつも「行かん」だった。「大丈夫、自然に治るから」と言い張り、酒を飲んだ。

Kさんのもとに通いはじめて、1週間が過ぎ、2週間が過ぎた。しかし、状況は一向に進展する気配をみせなかった。ただ、日に日にKさんの左手は黒くなり、腐敗臭はより強烈になった。

私は悩んだ。これまでも現場では様々な苦労を経験してきた。しかし、支援における苦労とは、支援に携われたからこそ得られるものであった。しかし、Kさんはその支援すらさせてくれないのだ。この先のどんな苦労でも共に背負うから、まずは支援させてくれよ!明らかに状態が悪くなっていくKさんを目の前にそんな気持ちでいっぱいだった。

途方にくれた私はホームレス支援をこの道何十年としてきた大先輩に相談をした。

「今はとにかく恩を売れ。そして、弱ったときを見定めろ。」

どんなに頑なな人でも助けを必要とする瞬間が必ず来る。それまでに信頼関係を構築し、相手が必要とした瞬間を逃さずに手をとれ、手をとってもらえるだけの関係性になれというのだ。

振り返れば、私は支援を焦っていた。しかし、信頼関係が築けていない状態ではそれは単なる押し付けでしかなく、私はスタート地点にさえ立たせてもらえてなかったのだ。これは長期戦になるぞと、私は新たな覚悟を決めた。

それからの私は、Kさんにあの手この手で入院の説得するのをやめた。弁当とKさんの好きなスポーツドリンクを持っていき、世間話だけして帰る日が増えた。寡黙なKさんはあまり自分のことを話さなかったが、ただ黙って側にいた。

こうして1ヶ月が過ぎ、1ヶ月半が過ぎた。夏が終わり、秋が深まりかけたころ…Kさんに会いに行くと、ぐったりしていた。熱はないようだったが、それでも確実に弱っていた。奇しくも季節外れの台風が迫っているときだった。

今だ!と私は思った。「今から病院に行こう。それが嫌なら明日行こう。」

Kさんは頷いて、病院へ…と、そうはうまくは事が運ばないのがホームレス支援の世界である。しかし、その日ははじめて手応えを感じた。目の前を塞いでいた、大きな岩がちょっと動き、そこから光が射し込んできたのが垣間見えたような夜だった。

それから幾度も同じような夜があり、ついにKさんは入院の同意をした。病院で面会したKさんはこざっぱりとしており、手には白くて清潔な包帯がきちんと巻かれていた。Kさんは「迷惑かけてすんません。」と照れくさそうに笑った。

あぁ良かった。手術も無事に成功した。本来なら、はっぴーえんどでこの話を締めくくりたいところだったが、翌日にはKさんは病室から姿を消した。まあ、でもそれも想定の範囲内。私たちとKさんの関係はいま始まったばかりだ。こんなことを何度も繰り返していくなかで、お互いに歩みよっていくものなんだろう。

そんなこんなで今日も私はKさんを探している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?