見出し画像

小説 | ならわし (④)


夫の母が苦手だ。
妊娠が発覚して、初めて会いに行ったときの異様な視線がたまらなく嫌で、未だにその視線を思い出すと、体をなぞられているような感覚がする。
それでも、約2ヶ月後に控えた初めての出産を前に、お産にまつわる疑問を尋ねずにはいられなかった。
私は勇気をだし、夫から聞いていた義母の番号にかけた。

コール音はしばらく続いた。もう切ろうかと思ったその時、やけに落ち着いた義母の声がした。
「はい」
「あ、お義母さん。こんにちは、優里です」
「優里さん、どうしたの?」
「えっと、ちょっとお聞きしたいことがありまして。今、大丈夫ですか?」
義母は時間を確認して何やら独り言を呟いたあと、私に言った。
「時間があるならこっちへいらっしゃいよ。頂き物の美味しいお菓子もあるし。来られるでしょう?」
私は義母の誘いを受けて、歩いて数分のところにある夫の実家へ行くことにした。

「順調そうね」
久々に会った義母は、私を隅々調べるように見ていた。大きくなったお腹に触れることはしないが、どこかねっとりとまとわりつく視線が、まるで触れられているようだった。
私は義母の視線から逃げるように、部屋に飾られている、夫の小さい頃の写真をゆっくり見て回った。
「写真、沢山ありますね」
私がそういうと、義母も私の隣に立った。
「ひとりっ子だから、こうなるわね」
そう言って、写真たてのひとつを手にとり、続けた。
「優里さんも、子どもが生まれたら沢山、写真を撮るといいわ。一度しか見られない瞬間がたくさんあるもの」
「和樹さんが言ってましたけど、和樹さんの親戚にはひとりっ子が多いって……」
義母は写真立てを棚へ戻し、私に座るように促してから言った。
「ある時からね。その前は……ふふ、酷いものだったらしいわよ」
「酷いって?子どもが沢山いることが、酷いってことですか?」
義母は皿に盛ったお菓子を私の前に置いた。
「これ、食べて」
私は一度はお菓子に目を落としたが、はぐらかされないうちにもう一度義母の目を見た。
「お義母さん。お義母さんも、あの出産方法で和樹さんを生んだんですよね?」
義母は、自分はお菓子を食べずに紅茶をすすった。それからとてもゆっくりした動作で座り直すと真っ直ぐに私を見つめた。
「大丈夫よ、優里さん。私もここへ嫁に来た身。貴女の不安な気持ちはわかる。だけどね……」そこまで言うと、義母はまた紅茶を飲んだ。
「上手くいったんですか?お義父さんは無事でしたか?」
私はたまらず聞いた。
「まあ……無事だったと言えば無事ね」
義母は当時の事を思いだしているのか、どこか遠くを見つめている。
「多少のトラブルはあっても、やらないよりマシだったわね、きっと」
なんの事やら、私は義母の言葉を聞いて不満が募っていった。
「つまり、あの出産方法を肯定しているんですね?やってよかったと」
私はいささか声を荒げてしまった。部屋が静かだった分、私の声は響いたようだ。
「ねえ、優里さん」
義母はため息混じりに私の名を呼ぶと、一層真面目な顔で言った。
「大丈夫だから。あの医師に従って生みなさい。それが貴女のため。そして子供のためなの。今だから私にはそう言えるの。怪しい習わしだなんて思わないで。
貴女、子どもを守りたいでしょう?」
義母の視線は私の腹にあった。
私は黙って頷いた。



つづく


#短編小説
全九話




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?